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活動報告 平成23(2011)年12月

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 12月31日
    大晦日の早朝、安曇野市豊科の早起き会に顔を出す。昼過ぎから松本駅前を皮切りに松本市内の10カ所ほどの地区で街頭演説。街頭演説をしながら、後援者宅を順次訪問。街頭演説に対しての概ねの反応は、「頑張っているな」、という好意的なものと認識。車の中からこぶしを握り締め頑張れとのエールを送ってくれる見知らぬ人も。夕方早目に自宅に戻り、紅白歌合戦を聞きながらメルマガ執筆。深夜、初詣に出立。
  • 12月30日
    一日かけて、安曇野市内、松本市内の知人宅を廻る。女性有権者が異口同音に、「今の政権の幼稚には呆れる。あんなにひどいとは思わなかった」、と見放すような口調。確実に政治的地殻変動が起きている感触。途中、餅つきを行っているお宅に出くわす。餅をついたり、頂戴したりと、年末の自宅訪問は楽しい。午後、国道19号線沿いの交差点、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。夕方事務所にて、年始の挨拶用ビデオ撮影。年始早々のustream放映を予定。
    写真:安曇野市内の知人宅の餅つき現場で記念写真 写真:松本市内の知人宅で餅つきを手伝う
    写真:松本駅前にて街頭演説 写真:
  • 12月29日
    早朝、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。「辺野古への基地移転の環境アセスの沖縄県庁送付に何故政治家が自らこれを持参しないのか。事務方に任せてばかりで政治主導のキャッチフレーズが廃る。困難な時こそ政治家が表に出るべきを、厭なことを事務方にやらせ、かっこいいところだけを政治家がとる虚飾の政治主導の極致。防衛省の政務三役は役立たず」と訴えると、「そのとおり」との道行く人の反応。その後、松本市内の支援者宅を順に尋ねる。お茶を頂きながら今年一年を振り返る。メルマガで2011年の活動を震災関連を重点に振り返る。
    写真:松本市中山地区のガソリンスタンドで地元高校生と 写真:
  • 12月28日
    早朝、松本市白板交差点、松本駅前にて街頭演説。通行中、街頭演説を見た人から激励のツイートを頂く。午前中事務所から、南海トラフの震源域拡大とリニア新幹線のルートの在り方について長野県庁の当局者に考え方を伺う。松本市内の知人の葬儀に顔を出した後、松本市内、安曇野市内の後援者に挨拶回り。夕方、松本駅前の馴染みのラーメン屋で友人と忘年会。
  • 12月27日
    早朝、松本駅前と深志二丁目にて街頭演説。地元紙が取材。原発事故についての政府の事故調査・検証委員会の中間報告に言及。中間報告は、非常時の政府の危機管理能力に対し厳しい評価。巨大システムは、起こる可能性のあることに対する的確な対応が不可避。ところで、内閣府の有識者会議が東海・東南海・南海地震の震源域を従来の2倍に広げる方針との報道。リニア新幹線の南アルプス貫通ルートがその震源域にかかる可能性。JR東海と政府はリニア新幹線のルート選定を見直すべし。長野県も再度CからBへのルート変更を主張すべし。東海地震の震源域上にリニア新幹線を作っていいのかは原発事故の教訓の「応用問題」。午前から夕方にかけ松本市内の支援者をゆっくりと廻る。夕方、松本市波田地区の支援者の皆さまと忘年会に参加。
    写真:松本市波田の支援者との忘年会にて 写真:
  • 12月26日
    早朝、雪の中、長野市方面に年末の挨拶回り。長野市内全域が雪景色の中、来年の政局について意見交換しながらの挨拶回り。途中、長野市中条地区の支援者の方からつきたての餅を頂く。「力餅」。夕方、松本市役所で打ち合わせの後、松本市内の忘年会を梯子。
    写真:長野市塚田佐前市長のご自宅にて 写真:長野市旧中条村久保田元夫前村長のご自宅にて
  • 12月25日
    安曇野市は朝から降雪。大糸線の電車で松本に行く。午前中、連日の整体院での治療。硬くなった体が解れる。昼から松本市内の支援者を訪問。夕方、フェースブックのイベント案内を頂戴し、「希望の風船上げ」と「クリスマスケーキ作り」に参加。はじめて会う「ネットの友」とのリアルな行事。その後、安曇野市内のパソコン教室を主宰する篠原寛行氏とustream対談。地域の人が繋がることにより自立できる道具としてのICT機器の活用の在り方について地域社会で現実に教えている実体験からその問題意識を伺う。その後、再度、「ネットの友」との忘年会に参加。能動市民との熱い忘年会。
    写真:フェースブックの繋がりの皆さんとの「希望の風船上げ」 写真:ustream上の篠原寛行氏との対談
    写真:松本市内の「ネットの友」との忘年会 写真:
  • 12月24日
    昼に松本市内で行きつけの整体院で治療。疲労がたまって体が硬くなっている由。午後、松本市南部の住宅団地を訪問。夕方、松本駅前にて街頭演説。寒いクリスマスイブ。その後、安曇野市の理容店で散髪。髪を整えると元気になったような気分。
  • 12月23日
    早朝から大学の給費生試験。教職員が手分けして試験監督。3科目に亘っての一日がかりの試験監督は結構な疲労。夕方松本に戻ろうとしたが、疲労感・倦怠感を覚え、大事を取って東京に宿泊。
  • 12月22日
    早朝、松本駅前と深志二丁目交差点にて街頭演説。午前中から午後にかけ、新刊本のゲラの校正作業。5時間で仕上げる。その間年末の挨拶のお客さんを迎える。夕方上京。新宿で高校「若手」同窓の忘年会。私が最年長という同窓40名が集まる。ソシアルネットワークの一局面。
    写真:高校同窓の忘年会にて 写真:
  • 12月21日
    午前中、安曇野市内の挨拶回り。午後、松本市南部地区を廻る。途中、知人の葬儀に参列。夕方、忘年会を梯子。安曇野市の市議団の忘年会では、宮澤安曇野市長と同席。安曇野市の活性化のために、「安曇野東京会を設立し、外の応援団を沢山作ることを考えましょう」と提案。市長も快諾。期待感を感じる。
  • 12月20日
    一日中、東京で年末のあいさつ回り。出来立てほやほやの1年間の御挨拶「ニュースレター」を持参。国会が閉幕で、永田町、霞が関界隈は閑散。夕方、観光庁幹部と意見交換会。
    写真:在京の英国大使館に長野県日英協会設立の相談に参上 写真:
  • 12月19日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。午前中事務所に来客。午後、知人の褒章受章記念祝賀会に出席。その後、松本市内の事業所に年末の挨拶。夕方知人と松本市内で忘年会。
    写真:松本市内の忘年会会場で遭遇した誕生日記念のご夫妻と 写真:
  • 12月18日
    午前中、安曇野市穂高のご不幸のあった知人宅を弔問。その後、父親が入居している福祉施設のクリスマス会に参加。午後、松本市内の地区訪問。夕方、松本駅前にて街頭演説。師走の日曜の夕方の駅前は、多くの人で賑わう。その後、山田晴通東京経済大学コミュニケーション学部教授とのustream対談。「メディアを通じた地域再生のヒント」について議論。松本地域は全国的なレベルから地域レベルまで4層のメディアに恵まれている地域との教授の指摘。地域再生や民主主義の成熟に果たす地域メディアの役割は大きいとの認識を共有。
    写真:父親が入居の福祉施設のクリスマス会にて 写真:松本駅前での街頭演説
    写真:地域メディア論の山田晴通東京経済大学教授とのustream対談 写真:
  • 12月17日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。午前中、松本市南部地域の公営住宅を中心に廻る。年配の世帯に加え、意外に若い世代も入居している実態。昼に中村胤夫元三越社長を松本駅に迎え、安曇野市穂高に向かう。穂高地区の後援会設立総会と中村元社長による記念講演。穂高の後援会が立ちあがたことで安曇野市全域に亘り後援会整備が完了。
    写真:安曇野市穂高の後援会設立総会で近況挨拶 写真:安曇野市穂高にて三越元社長の中村胤夫氏による講演の模様
  • 12月16日
    朝の大学の授業を終え、松本に戻る。午後、聴覚障害の方、老健施設関係者、支援者の方々が、それぞれ事務所を訪れる。最近、萬相談受け付けが多くなっている。大町市葛温泉の支援者の忘年会に呼ばれ、小雪の舞う中、アルプス山中の温泉旅館に駆けつける。とんぼ返りで松本市浅間温泉での安曇野市青年実業家の皆さまとの忘年会に駆け付ける。浅間温泉泊まり。
  • 12月15日
    一日大学の授業。ゼミでTPPについて取り上げ、ゼミ生が賛否の立場から議論。基本的な枠組みの共通理解の上にディベート方式による討論。反対論が若干優勢。政府の説明は抽象的で説得力不足との指摘も。
  • 12月14日
    忠臣蔵討ち入りの日、大学の教授会に出席。月に一度の教授会は、大学の当面の懸案を一挙に片づける場。夕方、自民党本部の幹部代議士と定例の会合。話題は勿論、解散総選挙の時期。
  • 12月13日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。共産党の街頭演説終了を待っての演説。興味深かったのは、共産党の演説者が、「来年は解散総選挙がある」、「我が国の皆保険制度を守らなければならない」と訴えていたこと。これまで後期高齢者医療制度を含めて日本の医療保険制度の不備を厳しく指摘していた政党が、TPPという外圧の中で日本の医療保険制度の水準の高さを認めこれを擁護するという不思議な光景。昼前から午後にかけ知人を弔問。この間まで元気であった方の急逝に接する無常。その後、安曇野市堀金地区、松本市内の地区訪問。夕方、再度の松本駅前にての街頭演説。その後、松本市内で定例の経済人との懇談会に参加。
    写真:夕方の松本駅前での街頭演説 写真:
  • 12月12日
    早朝、松本駅前と深志二丁目交差点にて街頭演説。昼前から松本市南部地域の地区訪問。「新鮮な」地区訪問。夕方、松本駅に前バチカン大使の上野景文杏林大学客員教授を迎える。勤労者福祉センターまで松本市内を歩く。途中、「まるも」喫茶店に寄りコーヒーを頂戴する。バーナード・リーチが集った店。夕方から、上野前大使による、「欧州、バチカンと日本」の演題の講演。堅い演題にも拘らず100名もの聴衆。カトリックの思想と日本の習俗は似ているとの指摘。様々な政治的経済的行動の裏には実は宗教的思想の裏付けがあるとの指摘に「目から鱗」。Ustream中継を予定するも、勤労福祉センター職員の案内とは異なり、インターネットが不通によりリアルタイムの中継が不能。松本市内の公共施設のインターネット環境をきちんと整備しないと、松本にまともな会合は誘致できない、と、がっかり。その後、上野前大使を囲んで松本市内で懇談。
    写真:前バチカン大使による松本講演「欧州、バチカンと日本」 写真:上野前バチカン大使を囲んで松本市内で懇談
  • 12月11日
    午前中、安曇野市の地区訪問後、消防関係者の叙勲式典に参加。受賞者に元総務省消防庁防災課長時代にお世話になった御礼を申し上げる。昼過ぎ、安曇野市穂高の後援会立ち上げの相談に講演会関係者を訪問後、松本市南部地区を訪問。夕方、松本駅前、深志二丁目交差点にて街頭演説。その後、安曇野市豊科の居酒屋で馴染みの皆さまと懇談。
    写真:安曇野市内の叙勲祝賀会にて 写真:安曇野市豊科の居酒屋で懇談
  • 12月10日
    午前中事務所に来客。昼から松本市南部地区を訪問。冷温の中の地区訪問は「気の毒」がられる。夕方、松本駅前にて街頭演説。その後事務所内で事務所員と年末年始の行動確認。
    写真:松本駅前にて夕方の街頭演 写真:
  • 12月9日
    午前中の大学の授業を終え松本市に戻る。午後、松本市内の地区訪問。夕方、松本駅前にて街頭演説。「国民に負担をお願いする議論をしながら、公務員や国会議員の身を削る改革は腰砕けでは、到底国民の納得は得られない」と訴える。松本市浅間の行きつけの居酒屋で、浅間本郷地区の公民館長の皆様の忘年会で挨拶。大いなる手応え。
    写真:松本駅前にて夕方の街頭演説 写真:松本市浅間の本郷地区公民館長会の忘年会にて挨拶
  • 12月8日
    真珠湾攻撃の日。大学の授業で、町内会をはじめとした戦後のコミュニティ政策の系譜について講義。実は私は、元総務省コミュニティ担当参事官。東日本大震災で再認識されたことの一つに地域の安全・安心は地域社会の絆の強さと相関関係にあるということ。今後、地域社会の絆のカギとなるコミュニティ政策がより重要な政策課題になることは必定。
  • 12月7日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。昼前に三鷹市の消防研究センター、消防科学総合センター、消防大学校を訪問。旧知の皆様と最近の課題について意見交換。消防大学校では、全国の消防本部からの研修生の皆さんの修了式に遭遇し、記念写真。松本広域消防からの研修生とも話す。午後、大学の担当委員会に出席。
    写真:三鷹市の消防庁消防大学校で研修修了の消防職員の皆様と 写真:
  • 12月6日
    早朝、松本市深志二丁目交差点、蟻ヶ崎高校南交差点にて街頭演説。高校後輩の未来の有権者が笑顔で手を振ってくれる。午前中、長野県護国神社の「新穀感謝祭」に参列。直会で遺族会や奉賛会の皆さまと懇談。「戦没者に申し開きができない国家の惨状を政治が糺してほしい」との悲痛な遺族会の声を承る。昼過ぎに、松本市南部の住宅地を訪問。夕方、支援者の重い「個別相談」を聞く。松本市浅間温泉の居酒屋で元浅間芸者のOGの皆さまとの会合。こういう文化が松本にはあったのだ、との感慨。その足で、大町市の「地酒を嗜む会」の忘年会に参加。その場で、大町市の後援会組織の概要をまとめる。政治は「勢い」だ。
    写真:長野県護国神社の「新穀感謝祭」にて 写真:大町市内の「地酒を嗜む会」の忘年会で「湖畔の宿」を歌う
  • 12月5日
    早朝、松本駅前と渚一丁目交差点にて街頭演説。午前中、事務所で新刊本の原稿調整。出版社とはメールでやり取り。昼から松本市南部の住宅地訪問。楽器修理士の方から、「申し訳ないが前回は民主党に投票した。しかしひどく後悔している。二度と民主党には入れたくない。日本国がメルトダウンしてしまう。自民党も血を入れ替え日本再生を果たしてほしい」と強い口調で励まされる。夕方、再度松本駅前にて街頭演説。演説内容は新刊本の前書きで書いたばかりの内容。
    写真:夕方、松本駅前にて街頭演説 写真:
  • 12月4日
    早朝、松本市内の早起き会に参加。その後、市内の月例会合に顔を出す。昼に河野太郎衆議院議員を長野駅に迎え、長野市鬼無里、小川村の後援組織の会合にお連れする。原発エネルギーの再生可能エネルギーへの転換、TPPと農業の関係について分かり易い河野解説。夕方、松本市浅間の山の会の忘年会に参加。元気のよい女性陣が、着物を洋服に裁断し直し着こなすことで大いに盛り上がっている姿に女性の本質を垣間見る思い。
    写真:河野太郎氏を囲んで長野市鬼無里の皆さまと 写真:河野太郎氏を囲んで小川村の皆さまと
  • 12月3日
    冷たい雨の一日。早朝、白板交差点にて、傘を差しながらの街頭演説。午前中、松本市内の会計事務所で防災講座の講師を務める。地元の活断層の糸魚川静岡構造線のビジュアルな画像をご覧いただくと食い入るように観て頂ける。災害情報の「見える化」が大事だと再認識。午後は新刊本の原稿調整。夕方、信州大学人文学部教授吉田正明教授とustream対談。「シャンソンとワイン」を通じた「大学の地域貢献」について楽しく語って頂く。吉田教授は長野県日仏協会の副会長。その後、松本市梓川で支援者との懇親会。地域農業の現状について現場の知見を賜る。
  • 12月2日
    早朝大学の授業。我が国の防災・危機管理体系の話をする。リアルな話に学生が目を点にしてパワポに見入る。このような授業の雰囲気は余りないように思えた。学生にレポートを課す。午後、安曇野市内倉科元梓川村長の奥様の葬儀に参列。夕方、安曇野市明科の地区の皆さまとの定例の懇談会に参加。忘年会を兼ねた懇談会。あっという間の師走。
    写真:安曇野市明科の定例懇談会にて 写真:
  • 12月1日
    一日大学の授業。3年生の就職活動が本格的に始まり、師走の慌ただしさに拍車がかかる印象。大学の研究室に出版社のインタビューの来客。分かりやすい防災の新刊本についてのアドバイスを求められる。「人」の紹介も行う。年明けのシンポジウムに向けての日本学術振興会との打ち合わせも。教育研究活動と政策実現手段(政治)のコラボレーションを追及する営み。

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