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活動報告 平成23(2011)年5月

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 5月31日
    安曇野市内のゴルフ場で知人の「快気祝い」コンペに顔を出す。梅雨の晴れ間の絶好のコンディションの下、久しぶりの骨休め。夕方、松本駅前と深志二丁目交差点にて街頭演説。その後松本市内で知人と懇談。松本の事務所に、「自民党政権下で原発を推進してきた。その自民党に民主党政権の原発事故対応を批判する資格はない」とのファックスが届く。私は、今問題視されているのは、原発事故対応時の初動対応と国民への情報提供の在り方であり、それまでの原発推進の責任は国エネルギー政策そのものの議論であり、別の次元の話、との理解。
    写真:知人の「快気祝い」コンペ 写真:松本駅前の街頭演説
  • 5月30日
    朝の大雨の後の気持ちの良い雨上がりの中、昼前から夕方にかけて松本市郊外の住宅団地訪問。御在宅の方は国会中継をシッカリと見ておられる。大災害時の深刻な政治対立に憂慮の声がある一方、あまりにも稚拙な政権運営にも怒りの声。途中ブドウ畑でジベレリン処理の農家の方と会話。電力関係企業の幹部の方から異動の挨拶を受ける。夕方、松本駅前にて街頭演説。林新一郎前岡谷市長から激励の声援を受ける。知人と夕食をともにする。ところで、この日の日経新聞の記事の中の政府の事故調査・検証委員会委員長就任の畑村洋太郎氏の以下の言葉が印象的。「どんな産業分野でも十分な失敗経験を積むには200年かかる。原子力発電は始まってまだ60年」、「日本が原子力を使わずに生きていけるとは思わない」、「最悪の事態を想定して従来とは別の思考ルートで設計しなければならない」。また、畑村氏は、「失敗の記憶の法則性」を指摘。「個人は3年で忘れ、組織は30年で途絶え、地域も60年で忘れる。歴史的な事象も300年で社会から消え、1200年たつとその出来事が起きたことさえ誰も知らなくなる」。我々は人間の知恵の限界を知るべし。
    写真:松本市内の農家の方のジベレリン処理の作業を覗く 写真:松本市内の麦畑にて
  • 5月29日
    午前中台風の大雨の中、車で両親を連れて大町方面を巡る。昔の馴染みの場所を訪問することで施設入所の父親の元気回復を期待。限られた時間の中で、親のために為し得ることの少ない自らの力不足を反省。午後、親戚の訃報連絡ネットワークで、安曇野市内の父親の従弟の訃報が入る。カクミズの水谷佳嗣社長。弔問に御自宅を訪問。夕方、松本に向かう。松本市内のスタジオで、定例のustream中継(「むたい俊介アワー」)。女性の樵(きこり)兼猟師の妙齢女性との対談。原薫さん。筑波大学卒の方で本人の強い思いで林業に従事。嵐の中の収録。林業の課題と可能性、野生動物を食材として活用する可能性、炭の活用などについて縦横に語り合う。生き方を自分で切り開いてきた面白い女性。ところで、本日付のサンデイニッケイのサイエンス特集。米国西海岸にもM9級のカスケーディア地震が平均500年おきに発生、カナダから西海岸中部の沿岸に20mを超える津波が押し寄せていた由。日本の古文書から直近は1700年1月に発生とのこと。歴史災害研究が盛んになりそう。
    写真:松本市内で女性木こり兼猟師の原薫さんとustream対談 写真:
  • 5月28日
    午前中、松本市四賀地区の「四賀アイアイ」という社会福祉施設の設立19周年記念行事に顔を出す。近隣の皆さまに支えられて歴史を刻んできた社会福祉法人。この場でも東日本大震災支援活動の報告。様々な立場で被災地域の災難を共有しようとする姿勢は我が国の美徳か。午後、小学校の恩師の葬儀に参列。飯島淳人先生。御冥福をお祈りします。夕方松本市内の支援者を訪問。後援会組織構築のお願いに廻る。
    写真:松本市内の社会福祉施設の設立19周年記念行事にて 写真:
  • 5月27日
    大学の授業を終え午後松本に戻る。松本の事務所に映画製作会社の監督以下のクルーがお越しになる。松本を舞台に選挙絡みの映画を作製する参考にとのこと。どんな映画になるのかなあ。ついでに松本駅前での街頭演説の模様も見たいとのことで、夕方駅前にて街頭演説を行う出血大サービス。その足で、市内有志の要請で「東日本大震災と防災」というテーマの講演。最近この趣旨の講演依頼が増えている。子供向けの防災講演の依頼も舞い込む。「稲むらの火」のことをお知らせしたいと思う。
    写真:松本駅前にて街頭演説 写真:
  • 5月26日
    一日中大学の授業。ゼミでは学生の課題発表の対し、様々な観点からゼミ参加者が質問・批評。それを踏まえてレポートに仕立て上げるプロセスが大事。大教室の講義では、分かりにくい地方分権改革の全体像について、過去からの流れを振り返りつつ、ポイントを解説。授業自体が自分自身の頭の整理にもなる。
  • 5月25日
    午前中、都内で定例の防災行政研究会。東日本大震災で延期になった勉強会を再開。レスキューナウ危機管理研究所の市川啓一社長を講師に災害時の情報連絡システムの在り方について示唆に富む話を伺う。午後、防衛庁、消防庁など官庁界隈を訪問。大震災対応がひとまず落ち着いている様子。今後の教訓のため事案対応の検証を行う姿勢も感じる。それぞれの災害対応機関の有する防災資源についての情報共有が大事との感想。その中でも、二次補正に向けての玉込めを行っている様子。霞が関は政治主導がなくても、「次の一手」を考えている。
    写真:都内の定例防災行政研究会の模様 写真:
  • 5月24日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。午前中から昼過ぎまで大町市内の知人訪問。松本市内の地区訪問の後、夕方再度松本駅前にて街頭演説。通りがかりの女性から「旗を持たせて下さい」、との嬉しい申し出を受ける。その後、松本市の後援者の皆さまとの定例会合。組織強化策などを議論。その後安曇野市豊科の仲間との懇談。
    写真:夕方松本駅前に街頭演説。女性が旗持ちを買って出る! 写真:松本市内の後援者との定例会
  • 5月23日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。一日松本市内の地区訪問。午後、過日の県連総会の結果を受け、地元選出県議と支部組織強化などについて協議。夕方、安曇野市内で懇談。
  • 5月22日
    弟夫婦が昨晩から安曇の家に泊って行く。大雨の中、小諸市で開催された自民党長野県連党大会に参加。大島副総裁が記念講演。政権浮揚第一のパーフォーマンスが過剰なために国益が損なわれている菅政権の現状を憂うる演説。私も演壇に立ち近況報告。夕方松本に戻り、廣澤寺住職の小笠原隆元さん対談。「災害と宗教」というテーマ。人間のやることに完全はない。原子力発電の安全性も同じ。宗教用語あっては、現実は空である、実体や固定観念はないんだ、という意味で「色即是空」と形容できると小笠原住職。人生には、「上り坂、下り坂、そして『まさか』という坂がある」と住職。
    写真:自民党長野県連の総会にて近況報告 写真:松本市の廣澤寺小笠原隆元住職とustream対談
  • 5月21日
    早朝、松本市内の早起き会に参加。午前中、午後の講演用のパワポの調整。午後、松本市四賀地区で、四賀林研主催の講演会に講師として参加。地元の中島市議とその後援者も参加。「311大震災以降の国づくり・地域づくりの方向」という演題。原発事故を受け、エネルギー供給の在り方の大変化と機能の分散管理の観点から地方分権の動きは裏腹であるという内容。国内外の各地域で取り組まれている自然エネルギー掘り起こしの具体例を紹介。講演の模様はustream中継を行う。夕方、参加者の皆さまとのバーベキュー・パーティ。参加者一人一人の話を伺う中で、建築業の方から、最近中古住宅のリフォーム案件の引き合いが出ており都会の人がいざという時の退避先としてこの地域で住宅確保に動いている可能性があるとの認識を伺う。
    写真:松本市四賀地区での講演会の講師を務める 写真:講演会の後のバーベキュー・パーティ
  • 5月20日
    朝の大学の授業を終え、午後松本に戻る。東電社長に高校の先輩の西澤俊夫常務が就任する旨のニュースに接する。逆境の時期の東電社長就任は、本当の意味でのやり甲斐があると思う。アルプスの麓で鍛えられた粘り強さを期待したい。夕暮れの松本駅前と深志二丁目交差点での街頭演説。国際的にも大きく評価の下がった政治の質の転換を訴える。夕方、美ヶ原温泉で入山辺・里山辺の有志の皆さまとの懇談。
    写真:松本駅前の街頭演説 写真:入山辺・里山辺の皆さまとの懇親後の記念写真
    写真:東電新社長就任予定の西澤俊夫東電常務 写真:
  • 5月19日
    大学のゼミ学生から東日本大震災被災地支援活動の報告を聞く。実際に参加した生の報告は、これまでの仄聞情報に基づくゼミ発表とは異なるオリジナルなもの。別途、講堂での授業で、これまでの地方分権改革の歩みを振り返る講義を行う。現政権のハチャメチャな議論と比較し、昔は何と精度の高い議論をしてきたことかと、改めて感慨を覚える。今は誰が地方分権の推進役なのか皆目分からない。「憂しと見し世ぞ今は恋しき」。ところで、2011年の日本国「政府」の世界での競争力は50位(前年37位)とのこと。政権交代で、政府機能がますます弱体化。そこに発生した大震災。震災後の2012年は更に政府機能が低下するだろう。政府が経済の足を引っ張る日本の大悲劇。
  • 5月18日
    午前中都内で用務。午後、大学の所属委員会に参加の後、大学院生の研究発表会に顔を出す。夕方、神田明神で開催された「日本神話と災害教訓」の夕べに顔を出す。神田明神の境内に巨大ナマズと「要石」があった。本年の神田祭中止の代わりに地震封じのおまじない、とのこと。安政江戸地震の時と同じ姿のナマズ。神田明神の清水禰宜と久しぶりの再会。
    写真:神田明神境内で行われた「日本神話と災害教訓」の夕べ 写真:神田明神境内のナマズと要石
    写真:神田祭中止の掲示 写真:
  • 5月17日
    早朝、松本駅前にて街頭演説。大震災の教訓として、分散管理型の国土構造、エネルギーの地産地消の必要性を訴える。「累卵の危うき」の状態にある国造りの基本を変えていかなくてはならないことを訴える。午前中、事務所にインタビュー、営業、挨拶の訪問者あり。昼から、安曇野、麻績村方面に赴く。麻績村の「限界集落」を歩く。まだまだ使える民家が残されている。大学の夏期合宿で使えそう。麻績村で山林高地を活用した、キノコ栽培の実験場、エンドファイトを活用した小麦実験農場、山菜畑を視察する。林業家の方から、山林資源を活用した地域エネルギー活用型プロジェクトの夢を伺う。研究会発足に向けて意気投合。訪問の機会に、シイタケ、ワラビ、蕗の採取。コシアブラの木も発見。山は食材の宝庫。ところで、福島第1原発事故への東電の賠償を支援する法案について、民主党政権は今国会への提出を見送る方針の由。大震災の懸案先送りの理由が分かりにくい。
    写真:松本駅前の街頭演説 写真:麻績村のシイタケ採取
    写真:エンドファイトを活用した高地小麦の栽培実験場にて 写真:
  • 5月16日
    早朝、松本駅前と渚3丁目交差点にて街頭演説。東日本大震災からの復興の在り方について所見を訴える。その中で、「大震災対応への迅速対応に向け国会がフル機能する必要がある。6月下旬で国会を閉じるのは到底考えられない」、と述べる。午前中、事務所への来客対応。午後松本市内の地区訪問の後、夕方松筑建設業界の皆様との懇談会に参加。大震災の関連で地元の予算が抑制されかねないとの懸念に対し、「復興関連予算は通常予算とは別枠で確保し、通常予算は粛々と実施していく仕組みの構築」が必要であることを申し上げる。その後、松本市内の支援者との会合。
    写真:松本市内で建設関連業界の皆さまとの懇談会にて 写真:
  • 5月15日
    午前中、少年柔道大会の地区予選会開会式に参加。その後、宗教団体の松本教会設立51周年記念大会に参加。仏への帰依により運命が好転した体験談をじっくりと伺う。「人を変える為には自分を変えなければならない」との話には思い当るところあり。午後、同じく松本市内の宗教団体の「お花祭り」の折りの企画講習会に講師として参加。「日本の災害事情と個々人の備え」というテーマで40分程度の講座を実施。パワーポイントで出来るだけ分かりやすく話をしたつもり。皆さんしっかりと聞いていただけた。夕方、渚神社の総代に皆様にご挨拶の後、定例の「むたい俊介アワー」でインタビュー。今回は、中国内モンゴル自治区出身のサラントヤさん。丸の内ビジネス専門学校の日本語科主任。来日20年を経過し、安曇野市三郷に在住。モンゴルに気候や人の気分が似ている松本市が気に入り家まで求めた方。大震災後の日本が無事であることを本国にも口コミで発信してくれている現状を伺った。中国でも今回の震災に関する過大被害報道が行われている由。
    写真:松本市内の宗教団体で防災講演会 写真:中国内モンゴルのサラントヤさんとのustream対談
  • 5月14日
    早朝、3泊4日の岩手県遠野市を拠点とした災害ボランティア活動の思いを胸に、14名の生徒とともにバスで横浜に戻る。8時間のバス乗車。私は東京駅から、JRで松本に戻る。12時間以上の乗り物は体に堪える。電車の中で、訪問記のメルマガ原稿を記す。
    写真:帰りのバスに乗る前にゼミ生と記念写真 写真:
  • 5月13日
    朝から遠野市稲荷下の物資支援センターで被災者支援活動。大学のゼミ生14人がキビキビとした働きを行い、被災者への物資提供がスムースに進んでいる印象。センターには各地からのボランティアが集まり、それを静岡県庁の派遣チームが遠野市関係者と調整しているという図式。直接の被災地ではない遠野市が被災地支援バックヤード基地として縦横無尽の活躍。他方、遠野市社会福祉センター内に事務局を持つ「遠野まごころネット」が被災地支援ボランティアネットワークの中核となり、ボランティア活動全体を統括。全国のボランティア志望者をこの組織が捌く。昨日に引き続きこの事務局を訪問。創意工夫によるボランティア活動が多様に広がる。例えば「足湯隊」という取り組み。被災者の方に足湯サービスを行い、その際に手などを揉み解し、その間の会話の中で癒しを行うというもの。私も実験台になる。何と、そのサービスの提供者は福島原発により夫の実家に避難中の女性。ボランティアの現場に入ると何かしら篤い共同体的雰囲気を感じる。ドイツと米国からのボランティアの方とも遭遇。ドイツ人は消防隊とのこと。今年は日独外交関係樹立150周年であることをPR。夕方、食堂で今回の訪問の反省会。思い切って来てよかった、また来たい、他にもやれることがありそう、もっと効率的に動けたかもしれない、などの感想。被災者を助けるつもりで来たところ、逆に元気をもらえたとの異口同音の感想。非常に貴重な経験を得ことができた3泊4日のボランティア体験となった。多くの若者にボランティア参加を呼び掛けて行く使命を各人が自覚。
    写真:遠野市稲荷下の物資支援センターで被災者支援活動 写真:「遠野まごころネット」にて「足湯隊」の実験台に
    写真:遠野ボランティアセンターでドイツ・米国からのボランティアの皆さまと 写真:
  • 5月12日
    早朝、岩手県釜石市内の被災地を訪問。午前中遠野市の被災者支援室を訪問の後、市内稲荷下の物資センターで被災者の皆様に義援物資を配布の手伝い。夕方、遠野ボランティアセンターでその機能を聞く。遠野市の公民館で泊。
  • 5月11日
    早朝、大学の教授会。夕方、新任教官の歓迎会。その後、岩手県に向けてゼミ生ともども15名で出立。大学のゼミ単位で「災害ボランティア駅伝」を実施する一環。出立に当たり、バスの出発の時間変更が全員に伝わらないというハプニングあり。手を抜くとこういうことになるという教訓その1。
  • 5月10日
    早朝、松本駅前にて大震災以来初めての街頭演説。街頭演説も、大震災の復興対応が進行中であるため、自身でも違和感を覚えながら実施。雨の中、一日松本市内の支援者を廻る。総選挙が伸びた間に、支援組織の構築を促される。
    写真:大震災以来2ヶ月ぶりの松本駅前での街頭演説 写真:
  • 5月9日
    午前中、事務所でメルマガ作成。昼から松本市内の支援者を訪問。夕方、大町市内の知人を訪問。松本日中友好協会総会に顔を出した後、松本市内庄内町の町内会の皆さまの定例懇談会に初参加。政治談議が盛んな懇親会。
    写真:松本日中友好協会総会後の懇親会にて 写真:松本市庄内町の町内会の皆さまの懇親会にて
  • 5月8日
    早朝、松本市内の早起き会に参加。午前中、同市内の宗教団体の月例会に参加。宗教団体の中には、東日本大震災を神の啓示だと受け止める向きがある。日本が生まれかわるための大試練だとの受け止め方。犠牲者の皆さまは、「日本人を代表して犠牲にあった」との位置づけ。我が国がどのような社会に生まれ変わるべきか、政治・経済・社会だけではなく、思想・宗教も動き始めている印象。午後、松本市梓川の伯父が檀家総代会長を務めていた金松寺の「お花祭り」(お釈迦様の誕生日)法要に参加。私にとって初めての檀家の皆さまとの法要。住職から寺の故事来歴を伺う。廃仏毀釈で廃寺になり明治18年に復活。地域の檀家の皆さんの信仰心による寺の復活維持の経緯を伺う。その足で安曇野市三郷の親戚の弔問に伺う。その場で親戚のネットワークを伺う。「石塔の数で選挙」ということわざを思い出す。夕方、定例の「むたい俊介アワー」にて、松本市在住のフルート奏者桂聰子さんをお迎えしての対談。エルガーの「愛の挨拶」と「さくら変奏曲」を奏でて頂く。8月には槍が岳山荘で演奏会もある由。その後、桂さんと夕食。
    写真:金松寺の「お花祭り」法要の模様 写真:フルート奏者桂聰子さんの演奏「愛の挨拶」を神妙に聞く
  • 5月7日
    田植えが進む松本市の郊外の田園地帯を巡る。地区毎の後援組織の構築に向けての活動。地区を巡りながらポスター設置を依頼する。御快諾頂けるお宅が結構ある。「これまでは政治に無関心であったが、危機的状況の中で政治機能の在り方が非常に重要であることを漸く理解した」との御婦人の声が耳に残る。この御婦人もその場でポスター設置を快諾。夕方、安曇野市明科の定例の無尽に参加。その後、松本市内の定例無尽にも顔を出す。
  • 5月6日
    午前中大学で連休明けの授業の後、5月11日から14日までの東日本大震災の被災地支援ボランティア活動の登録手続きを行う。ゼミの学生15名を引き連れ岩手県に引率予定。また、日本学術振興会の制度を活用し米国研究者の招へいのための学内手続きの調整。午後松本に戻り、事務所で当面の活動方針の打ち合わせ。夕方、安曇野市穂高にて安曇野市関係者との懇談。被災地支援のために安曇野市が貢献できることを議論。
  • 5月5日
    子どもの日、和らかい日和の中、ゆっくりと松本市内の地区訪問。午後、前日のお船祭りに引き続き、松本市里山辺の須々岐水(すすきがわ)神社の御柱の建立に参上。「ゆき頭」の指導のもと慎重に2本の御柱が無事建立される。高さ18メートル。東北を襲った巨大津波も同じ位の高さ。その高さに改めて驚く。夕方、松本市内で市議選の当選祝いの懇談会に参加。御柱祭に集った方々の中に、信州大学医学部整形外科の藤田医師がおられ声をかけられる。「ツイッターでフォローしてますよ。逢えて嬉しく思います」との有難いお声掛け。バーチャルな縁が御祭でリアルな縁に転化。これも神意か。
    写真:須々岐水神社の御柱建立を指揮する「ゆき頭」と 写真:建立された御柱の前で連合町会長と
    写真:御柱の前に佇む 写真:
  • 5月4日
    松本市内も連休で道路が混雑。山辺の須々岐水神社のお船祭を訪問。9町会のお船が神社に入ってくるところを迎える。薄町、湯の原、新井、下金井、荒町、西荒町、上金井、藤井、兎川寺のそれぞれの町会の特徴がお船に現れている。昨年お会いした薄町の中澤さんとも再会。お舟の修復に多額のお金がかかる由。昼に神社の境内で開かれた車座の宴席に飛び入り参加。午後、美ヶ原温泉の追分旅館で疲れを癒す。夕方、上金井、藤井地区でお舟の倉庫への収納を見届ける。途中、帰省した高校時代の友人宅を訪ねる。夜、松本市内の岡宮神社例大祭に参加。
    写真:須々岐水神社のお船祭にて 写真:須々岐水神社の境内の車座宴席にて
    写真:松本市内の岡宮神社の例大祭にて 写真:
  • 5月3日
    未明に松川村の早起き会に参加。午前中、松本市内の事務所で米国危機管理専門家を日本に招聘するための申請書類調整。昼から夕方にかけ松本市神田地区と林地区に伝わる千鹿頭神社の御柱祭にオリジナル法被を着て参加。諏訪の御柱の翌年に行われるお祭り。このお祭りが切っ掛けで家族・親戚・地区出身の方が大勢集まる。伝統行事の求心力の強さを感じる。松本蟻ヶ崎高校書道部の女子の皆さまとも再会。神社の麓で書道パーフォーマンスを行った由。「絆」の文字を書いたとのこと。東日本大震災と御柱の両方に通じるキーワードだ。神社で地元の造り酒屋(岩波)の娘であった高校同級生とも久しぶりの再会。前日に訪問したばかりの女性フルート奏者の御家族とも遭遇する。祭りは様々な出会いの場でもある。町内会長さんの話では、一時曳き手が足りなくて動力で御柱を曳き上げたこともあったが、曳き手が増え、今回は「曳く手数多」であり嬉しいとのこと。日本人の気持ちが地域社会に回帰しつつある証拠かも。夕方、メルマガ執筆。
    写真:松本市神田町会の御柱曳航の際に出会った蟻ヶ崎高校書道部の皆さまと 写真:松本市林町会の御柱曳航の皆さまと
    写真:御柱曳航に加わる 写真:日の丸で御柱建立を祝福
    写真:お祭りで小林松本市議とツー・ショット 写真:
  • 5月2日
    空は黄砂が覆う一日。午前中、松本市内の事務所で作業。午後、松本市山辺地区を訪問。独身女性フルート奏者のご自宅で松本の音楽文化について対談。夕方、事務所員と今後の活動方針について考え方のすり合わせ。
  • 5月1日
    早朝安曇野市豊科の「早起き会」に参加。新顔の会友の皆さんが次々に震災後の気持ちの変化を迸るように語っている。国民的悲劇が日本人の思いの原点に火をつけた感がある。新しい思想、考え方が草の根で生まれつつある予感。早起き会の若い女性からストレートに議論を挑まれる体験も新鮮。その後、強風と雨の中、安曇野日赤肝いりの震災チャリティーゴルフに参加。澤海院長らと久しぶりのラウンド。50名以上が参加の大きなコンペ。院長の話では、石巻赤十字病院が石巻の被災住民の皆さまの拠点になっている由。5年前の免震構造の病院新築が功を奏し、石巻市で唯一被災を免れた病院とのこと。実は3月8日に竣工した安曇野日赤も同じ免震構造であり、今後この地域で大地震があってもこの地域の非常時医療を十分担い得る体制が備わっていることを伺う。安曇野市の大合併による合併特例債を活用することで同市からの補助金を得て誕生した安曇野日赤。私も制度の運用面で知恵をお貸しすることで多少関わることができた思い出が蘇る。夕方、定例のustream「むたい俊介アワー」の放映。今晩のゲストは浅間温泉旅館協同組合理事長(梅の湯社長)中野清さん。大震災が浅間温泉にもたらしている影響、今後のインバウンド振興に向けての考え方などを伺う。
    写真:安曇野日赤の関係者の皆さまとのチャリティーコンペ後の懇親 写真:

過去の活動報告

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