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活動報告 平成23(2011)年4月

活動報告動画はこちら 連続ミニ集会の模様はこちら

  • 4月30日
    午前中、安曇野市内で歯科診療と散髪。午後、松本市内の地区訪問。夕方、松本市内で高校同期の例会。大震災時の印象の中で、「急にグラグラしてきたので遂に脳梗塞かと思った」との声が複数。そういう歳になったか。この場でも原発議論で盛り上がる。幸か不幸か、原発が民主主義の議論を深める結果となっている。
    写真:松本市内で高校同期の定例会 写真:
  • 4月29日
    午前中松本歯科大学の観桜会に参加。学校当局者の皆さまと記念写真。元総理秘書官の飯島氏と久しぶりにお会いする。昼に松本市入山辺の御柱祭に参加。途中入山辺の親戚宅でお昼を御馳走になる。御柱の機会に親戚の方々が集まる。祭りは一族の絆を確認する機会でもある。夕方、長野県護国神社の例祭前夜祭に参加。直会の場で満蒙開拓団の関係者と話をする。「満州で亡くなった開拓団は何も言わないし言えない。戦後の高度成長の中で豊かな生活を享受し世界最高の長寿を得た人たちが政府に対して不満タラタラ。感謝の気持ちを忘れた日本人になってしまった」との声。毎回護国神社の例大祭に参加する度に得るものがある。ところで、岩手県庁が、戦災孤児支援の基金を設置し、その資金として「ふるさと納税」の仕組みを活用するプランを計画。非常時によいアイデアを出す自治体。東北はしっかりと復興すると確信。
    写真:松本歯科大学の観桜会での記念写真 写真:松本市入山辺の御柱祭にて
    写真:入山辺の親戚宅にて親戚の皆さまと 写真:護国神社の例祭に参加
  • 4月28日
    連休前最後の大学の授業。ゼミの授業にDMATのメンバーで相澤病院救急救命士の中込悠氏をお呼びし、東日本大震災時とハイチ地震の際の災害時医療活動の実際を聞く。「これこそ現場」、という臨場感ある話に一同緊張の様子。
    写真:ゼミの授業で救急救命士の話を聞く 写真:
  • 4月27日
    上京。大学で用務。大学のゼミ単位で被災地支援を行えないものか、それも隙間なく息の長い支援の体制が組めないものか議論。その後、大学のメディア教育についての打ち合わせ。夕方、新宿で高校同窓の定例会に久しぶりに参加。ここでも話題は大震災。外資系企業の執行役員の同期から、「福島原発を恐れたドイツ人が部下を放り出して1ヶ月外国に避難。最近戻ってきたが居心地が悪そう」との感想。他方で、88歳のドナルド・キーン氏が震災を機に日本定住を決めた由。外国人が日本を脱出する中で逆の選択により日本を励ましたいとの思い。非常時には個々の人間の本質がリトマス試験紙のように浮き彫りになる。
  • 4月26日
    午前中、安曇野市豊科の歯科で、外れてしまった歯の詰め物を修復。久しぶりの歯医者さんの雰囲気を感じる。昼前後にかけ松本市内の市議選関係者を巡る。午後、松本市内の宗教団体の道場を訪ね、道場長さんと人間の試練と宗教観について意見交換。夕方、松本市内でポスターを設置。その後、松本市内で建設関連業界の若手幹部と懇談。東北に仮設住宅建設関連の測量の仕事などで従業員を彼の地に出張させている企業が意外に多い由。夜、気仙沼の避難所を訪問中の大学のゼミ生からメッセージと写真が届く。「気仙沼で昨日・今日、避難所に訪問し活動してきました。明日、横浜に帰る予定です。詳しい報告は後日行いますが、現地から印象的な写真を一枚送ります。上部右側にある建物は歯科医院で、津波で建物の中のものは全て流されていました。桜の木だけ綺麗に残り満開を迎えていました。言葉にならない光景でした。」との添え書き。人間の運命の無常と自然の生命力の強さを物語る写真。
    写真:大学のゼミ生が撮った気仙沼の被災地の写真 写真:松本市内での建設事業関連若手経営者の皆さんとの懇談
  • 4月25日
    午前中、東筑摩郡筑北村、麻績村方面を巡る。午後、松本市議会議員選挙の慰労に農山村部を廻る。今回の松本市議選の総括は、被合併町村部がそれぞれの地域の代表を市議会に送るために結束したとの印象。その結果、それらの地域を地盤とする候補が軒並み上位で当選。その結果、地域代表になり得ない共産党候補は大苦戦。投票率は低かったものの、農山村部の投票率は高かったのではないかと推測。当選した当人がこんなに票が集まるとは思わなかったとの感想。地方議員選挙は草の根民主主義のモデル。夕方、松本市内の経済人と懇談。
  • 4月24日
    統一地方選挙後半戦投票日。好天の中、日中は松本市内の講習会に参加。午後、安曇野市穂高で開催された高校同窓会の懇親会に参加。同窓先輩の皆様一人ひとりにご挨拶を申し上げる。夜、松本市議選の開票を見ながら、選挙の御慰労に駆け付ける。結果は悲喜こもごも。議席自体が激減する中、共産党が大きく議席を減らしたのが目立った。さあ、これで選挙はひとまず終わり。震災復興に向けての議論が始まる。目が離せない国政の行方。国民皆が心配している。
    写真:松本市議選の当選祝いに駆け付ける 写真:
  • 4月23日
    統一地方選挙選挙戦最終日。熾烈な松本市議選も最終日は雨の選挙選。一日松本市内の講習会に参加。夕方、安曇野から東日本大震災の被災者を励ます「安曇野光プロジェクト」に参加。安曇野市三郷の「地球宿」を主催する増田望三郎さんの肝いりプロジェクト。先ず、三郷の小倉でWWOOFを実践している小倉山農場の松村さんが自作の歌でプロジェクト開始。神奈川から駆け付けたカラムシさんがレゲエ風の歌を披露。松本で活動している女性シンガーのユックリリックのミスティーさんも個性ある美声を披露。Ustreamの「むたい俊介アワー」でこのライブの模様を放映。私もショートスピーチ。被災地にボランティア参加した人、被災地から避難してきている人、WWOOF農場に英国バーミンガムから研修で参加している英国人女性、被災地を応援する地元の人など50人以上の参加者で盛り上がる。
    写真:松本市議会議員の選挙用ポスター 写真:安曇野から被災地を励ますプロジェクトの会場にて
  • 4月22日
    大学の授業を終え、松本市内の講習会に参加。夕方、大町市議会議員立候補者の個人演説会にて応援演説。大町を元気にする潜在資源の活用可能性について話す。地下水、水力発電、都市の農村の交流、冷房いらずの冷涼な気候を生かして夏季セミナー誘致、これまでの進出企業のネットワークなど。リニア中央新幹線のルート選定が最終局面。大震災後の情勢変化の中で、リダンダンシー確保の観点に立ち、長野県はルートの再考を求める働きかけをしなくてはならない。今しかできない政策に関し政策の優先順位を間違ってはならない。長野県知事の当事者意識を持った不退転の真剣な対応を求めたい。本日付の日経新聞「私の履歴書」で、ブッシュ大統領がハリケーン・カトリーナ対応で連邦政府批判が高まり、その後の共和党政権の支持率低下につながったと告白。その内実を解説した原稿を翻訳。
    写真:大町市議会議員候補の個人演説会にて 写真:
  • 4月21日
    大学のゼミで、国際ボランティア団体IVUSAに属する学生から、このNPOの活動と今回の被災者支援の現状を聞く。災害救援活動のために、CMT(危機対応講習)を受講済み。ボランティア精神とそれを裏付ける技能を兼ね備えた逞しいNPO。学生から逆に教師が教えられるという愉しみ。大学の授業支援IT活用システムを女性職員からマンツーウーマンで手ほどきを受ける。これからは最新のITツールで学生と接することができる。しかし、余りノルマを増やさないように気をつけないと嫌われるかも。連休明けに「高めよ!防災力」(ぎょうせい)の再版増刷が決まる。危機管理が政策の最重点課題に浮上。私も大いに発信していきたい。
  • 4月20日
    東筑摩郡朝日村と北安曇郡池田町の町村議会議員選挙立候補者の事務所を激励に巡る。選挙自粛ムードの中、自転車活用、小型自動車活用、ハンドマイク活用などそれぞれが工夫しての少数激戦の選挙運動。新人の立候補者が多い印象。途中、安曇野市三郷地区の電子部品メーカーに立ち寄り、経営者と従業員の皆様から操業の状況を伺う。夕方、松本市議選挙立候補者の個人演説会で応援演説。途中、国会開会中の平日にも拘わらず、地元選出の与党衆議院議員が応援演説に駆けつける。一瞬会場がどよめく。本人は約10分の挨拶の中で、「●●候補のためだけに来た」と強調。与党が被災地支援の内容を詰めている(はず)最中の選挙応援。どよめきは国会議員の仕事とは何かという有権者の自然な抗議の叫びのように聞こえた。この国会議員は市議選立候補者の自粛の意味がわかっているのか。自粛により、国会議員が被災地支援の立法に専念してほしいとの思いもある。ところで、原発事故でセシウムを吸着するのに人工ゼオライトを活用しているとの報道。実は、安曇野の農地土づくりでもゼオライトが活躍している。
    写真:安曇野市内の電子部品メーカーで操業の状況を伺う 写真:松本市議選挙立候補者の個人演説会で応援演説
  • 4月19日
    統一地方選挙後半戦3日目。小谷村村長選挙の告示日でもあり村長選挙立候補者の松本氏の出陣式で挨拶。その折に、小谷村の支援者宅にお寄りする。その後大町市議選立候補者の選挙事務所に激励挨拶に廻る。電力不足で授業短縮を考えている首都圏所在大学のサマースクールの受け皿として大町市は最適であり、その受け皿準備をしたらどうか、と提案。頷く人が多い。夕方、朝日村村長選挙に立候補の中村村長の無投票祝勝会で挨拶。周波数変換機能を有する新信濃変電所の容量大幅拡充に向けた朝日村の支援体制強化を訴える。中村村長も同意見。その後松本市議選立候補者の中山間部での個人演説会で応援演説。
    写真:小谷村村長選挙の出陣式にて 写真:朝日村村長選挙の当選祝いにて
    写真:松本市議選での応援弁士 写真:
  • 4月18日
    統一地方選挙後半戦2日目。松本市内の市議選候補者の事務所を個別に巡る。非常に静かな選挙戦。市議の場合、地区代表としての市議の位置づけが鮮明であり、町内会挙げての応援体制が構築されていることが他の選挙と異なる大きな特徴。夕方、市議候補の立会演説会2箇所で応援弁士を務める。
    写真:松本市議選での応援弁士1 写真:松本市議選での応援弁士2
  • 4月17日
    統一地方選挙の後半戦がスタート。午前中、松本市議会立候補者の複数の出陣式に顔を出す。その後、選挙事務所を順次訪問。その際に、市議会議員選挙の事務所巡りをしている与党の現職衆議院議員がいることを発見。与党の現職国会議員は、当然東日本大震災対策を急ピッチで詰めるべく政府・国会に貼り付きだと思っていた。何という余裕か。職責放棄としか思えない。これでは大震災後1カ月たっても法案が国会に出てこない訳だ。薄川の河川敷で知人のバーベキュー・パーティーに呼ばれお昼を供にする。夕方、宮澤安曇野市長らと懇談。被災地から帰ったばかりの市長から現地の状況を聞く。その後、松本市議会議員選挙の個人演説会で応援演説。その際、今年のサイトウキネンオーケストラの開催が、外国人演奏者の日本忌避により、黄色信号がともっているとの話を伺う。今こそ、持てるネットワークを駆使して開催に全力を傾注しなくては。
    写真:松本市議会議員立候補者の出陣式にて 写真:松本市内農村部の畦道で農家の方と震災復興について意見交換
    写真:松本市議会議員立候補者の個人演説会にて 写真:
  • 4月16日
    池田町選出町議会議員立候補予定者、松本市選出市議会議員立候補予定者の事務所を順次訪問。選挙活動が震災による自粛雰囲気の中でやりにくいとの話を伺う。夕方、「むたい俊介アワー」で安曇野市所在の(株)サーキット・デザインの小池社長から、東日本大震災が安曇野市の製造業に及ぼしている影響についてお話を伺う。加えて、小池社長が個人的に研究されている戦時中の松本への航空機産業の疎開の状況について伺う。70年前の世界最先端技術が集積していた知られざる松本製造業の歴史に驚嘆。因みに、サーキット・デザインの技術は、福島第一原発で使われている「キリン」と呼ばれる高位置からのコンクリートポンプ車の遠隔操作にも使われている由。その後、安曇野市豊科成相の八坂神社の春の例大祭に顔を出す。可愛らしい「浦安の舞」に見入る。
  • 4月15日
    松本の桜が今日一日で満開に。午後、松本市内の「道場」で「研修」の打ち合わせ。テレビ・ラジオともに、被災地を元気づけたいとの思い満載の番組に満ちている。今は日本人全体に善意の気持ちが高まっている。精神文化というものは大惨事に際して生まれるものかもしれない。ところで、松本市内の電子部品情報発信会社(インデックスプロ社)が東日本大震災による電子部品メーカーの部品確保状況についてまとめた形の発信を行っている。こういう営みが日本の復興を下支えしているとの思い。
  • 4月14日
    大学のゼミで、「IVUSA」という学生ボランティア団体を通じ、石巻市で5日間のボランティア活動をしてきた学生から報告を聞く。寒さに震えた5日間。被災者の方々と同じ環境下での活動。実際の活動は各家庭のヘドロ掻き。9人1組で5班作り、5軒の民家で地味な作業。床下に長靴半分くらいたまったヘドロの量は多い。「被災現場に行くと、大きな絶望の中に小さな希望と本当の優しさが分かる。本当の優しさは本当の脅威に晒されないと現れない」とのボランティア学生の哲学的述懐。ゼミのほかの学生も大いに触発される。知人から、無人超小型飛行機のビデオを紹介される。災害時の孤立集落、原子力施設などの調査に使える。
  • 4月13日
    新年度初めての教授会に出席。大学なりに東日本大震災への対応を検討中。電力使用の抑制要請に対する対応、被災地支援の学生ボランティアのバックアップの在り方など。「危ないところにかわいい学生は送れない」との年配の教授の発言に少しがっかり。ひょっとしたら授業期間短縮で夏休みが長くなるかもしれない。夕方、都内で定例の永田町関係者の会合。政府の大震災対応評価と自分自身の個別対応について情報交換。福島第一原発のレベル7設定については、そのレベルとともにタイミングに多くの疑義。現政権の危険度がレベル7であることについての認識は一致。
  • 4月12日
    松本市内、北安曇郡内を巡る。県議選が終わり、統一地方選挙の第二弾である市町村議会議員選に向けた準備がたけなわ。しかし、大震災から一カ月を経過してもなお余震は止まらず、今回のM9の大震災の衝撃により日本の地殻バランスに大きな変化を生ぜしめたものと予想される。福島第一原発の原子力事故のレベルもチェルノブイリと同等のレベル7に位置づけられた。この重苦しい雰囲気の中で行われる地方選挙。巨大災害に立ち向かう地方自治体の位置づけを再認識した有権者がその重みを意識すること望みたい。夕方、大町市内の地酒を嗜む会に参加。その後、松本市議会議員選挙出馬予定者の決起集会で挨拶。
    写真:松本市議会議員選挙出馬予定者の決起集会で挨拶 写真:
  • 4月11日
    一日中、安曇野市、北安曇郡内を巡る。春の野菜の作付に向けた農作業に勤しむ農家も訪問。苗を売る商店に立ち寄り、お昼を御馳走になりながら、東日本大震災に対峙する政府の対応評価を伺う。「一度民主党に政権をとらせてみたが、未熟な点が目立つ。いろいろ気に食わない点はあっても政権運営には熟練が必要だ」との認識に立つ意見が多い。私の意見は、「政権運営能力のテストとは強いストレスを与えられた場合にそれをこなせるか、ということ。今回の事態はその非情な機会。我が国は政権交代により非常時の危機管理ができない政党を政権につけてしまった。国民が漸くそれを認識。その事態の除去こそがこれから求められる真の危機管理。」夕方、大町市内で定例の無尽。大糸線で大町市から豊科に戻る。
    写真:北安曇郡内で春の作付用苗を準備する農家の方と会話 写真:
  • 4月10日
    午前中、松本市内の宗教団体の例会にて、「東日本大震災に立ち向かう国民の在り方」について講演。皆さん真摯に聞き入って頂く。その後、松本市内、安曇野市内の支援者を訪問。途中、地区の神社の例祭に顔を出す。夜、松本市内の県議選の祝勝会に顔を出す。自公候補が上位当選。国の歴史的危機において民主党に政権を委ねた結果を有権者が後悔している悲痛な声が示されたように思える。
    写真:松本市内の宗教団体の例会にて「防災講演」 写真:安曇野市内の地区の神社の例祭に顔を出す
    写真:松本市選出萩原県議の祝勝会にて 写真:松本市選出本郷県議の祝勝会にて
  • 4月9日
    午前中から茨城県内の被災状況を調査。茨城県庁と大洗町を訪問。水戸市内では橋本知事、上月副知事、宮本危機管理監に災害対応の状況を伺う。茨城県庁は分野毎の対応を時系列で整理した資料を作成。JCO事故を経験した茨城県の対応は練れていてスマート。食物を通じた放射線の蓄積と日常的に関わりのある放射線量との分かりやすい比較の広報を通じ、放射線の安全認識に関する県民理解を得ようとする姿勢も勉強になる。大洗町では小谷町長から地震・津波災害の対応を聞く。大洗海岸では地震と津波の爪痕を実見。新聞にはあまり出ないが大洗も津波被害。JCO臨界事故の後、防災無線に2日間持続する蓄電池を搭載。地震による停電にも拘らず防災無線が2日間機能したことが住民の避難誘導に大きく役立ったとの町長さんの感想。JCO事故後の対策が地震・津波対策に活かされた。訪問の際に、心ばかりの義援金をお届けする。夕方、松本市域選出の県議立候補者の個人演説会にて、被災地訪問の模様を報告。
    写真:茨城県庁危機管理センターにて茨城県の災害対応を伺う 写真:大洗町の海岸に集められた膨大な量の津波瓦礫
    写真:松本市内の県議立候補者の個人演説会にて 写真:
  • 4月8日
    朝の大学の授業を終え、午後松本に戻る。朝の東京でコンビニが開いていない! 午後、松本市内のスタジオで「むたい俊介アワー」の収録。東日本大震災の被災企業を大町市の工場に丸ごと疎開させる取り組みを行っている会社社長から話を伺う。プリサイス通信の手塚寿社長。こうした動きが全国的に広がる気配。戦時中長野県に軍需産業が大挙して疎開してきた歴史を思い浮かべる。地元としてその受け皿づくりが急務。夕方、松本市選出県議候補者の個人演説会を応援弁士として梯子。「長野県は東西日本の60hz⇔50hzの周波数変換のメッカ。残念ながら現在のキャパは60万kW。早期に1,000万kWレベルの大周波数変換基地をこの地域に形成し、東西日本の電力融通を図るべし。それが東日本を救う方策の一つ。国、地元自治体が早急にバックアップ体制を構築する必要あり」と訴える。夜、財政史に詳しい財政学者と電話で語り合う。財政学の碩学曰く、「菅総理は災害対応で様々な勉強会を立ち上げているが、関東大震災の時には時の政府が直ちに戒厳令を出し、発災初日から緊急勅令により政府自身の判断で機敏に対応を行った。過去の日本の為政者の方がずっと賢かった。この期に及んで沢山勉強会を立ち上げあまつさえ被災地の知事を呼ぶことは、『戦時』に現場指揮官を召喚するが如き愚」との怒りの意見。「自分の見識に自信がないのかなあ」との諦めの嘆息。
    写真:朝の東京のコンビニ。夜から朝の閉店を知らせる掲示物。 写真:松本市選出県議候補者の個人演説会にて
  • 4月7日
    桜が満開の中、私にとって新年度初めての大学の授業。ゼミでは、学生の希望により、大震災に立ち向かう地域社会について多方面から探求する授業をしていくことに。この歴史的大惨事に巡り合った運命を次世代を担う学生が前向きに共有しようという意欲を感じる。授業の合間に、私が発信している防災関係の諸提言に関しマスコミの取材を受ける。「高めよ!防災力」(ぎょうせい)が好評。東京の夜が非常に寂しい。灯火管制のような雰囲気。この陰鬱な雰囲気が早期に解消されることを望みたい。
  • 4月6日
    極めて静かな統一地方選挙選。地元紙の朝刊が県議選の情勢分析を掲載。有権者の皆さまの興味は選挙ではなく震災であることは確かであるが、震災対応をしっかりするか否かも政治次第であり、しっかりと人物を見極めていただきたいと思う。日中、安曇野市方面の地区訪問。じっくりと支援者の話を伺う。その間、大町市、松本市の知人の葬儀に顔を出す。夕方、松本市選出県議候補者の個人演説会の応援弁士を梯子。四賀地区での個人演説会では、地元から立候補予定の市議候補者も駆けつける。県議と市議の即興コラボレーション。
    写真:松本市選出県議候補者の個人演説会にて応援演説 写真:
  • 4月5日
    一日筑北村方面を巡る。普段訪問できない開拓集落に伺う。老人から昭和21年に満州から引き揚げ入植した苦労話を伺う。「ここは誰からも相続した土地ではない。電気も、ガスも、水道もない中で、おら一人で開墾したんだ」との言葉が誇らしげ。夕方、松本市内で地元選出県議の個人演説会を応援弁士として梯子。
    写真:筑北村の開拓部落の畑にて。遠方のアルプスが美しい。 写真:松本市選出県議候補の立会演説会弁士として
  • 4月4日
    肌寒い中、安曇野市内、池田町内の地区訪問。支援者の皆さまに震災が政局に及ぼしつつある影響を伝える。殆ど全員の皆さまが、「民主党政権の国家的危機管理が危ういことを認めながらも、国家の非常時において今はその弱体政権を敢えて野党も支えるべき」との考え。政局はその後に、との空気を感じる。夕方、松本市選出県議候補の立会演説会を梯子。ここでも話題の大半は震災で世の中がどう変わるかということ。改めて政治の職責の重さを皆様と認識共有。
    写真:松本市選出県議候補の立会演説会弁士として 写真:
  • 4月3日
    午前中、岡谷市内の宗教団体の例会で防災講話を行う。例会の後、控え室で旅行会社にお勤めのOLの方から、「観光客は激減だが、被災地支援に入る全国からの応援隊の宿泊場所確保の仕事が多くなっている」との話を伺う。午後、信濃町野尻地区を訪問。宮川旅館の経営者からは、観光客のキャンセルと福島からの避難者が宿泊をしていったとの話を伺う。その後、遺族会総会に顔を出す。ここでも元消防庁防災課長の経験を踏まえたミニ防災講座。後刻、遺族会の役員から、改めての研修会講師としてのお招きを頂戴する。「長野道」では、西に向かう福島ナンバーの車が目につく。また、東に向かう西日本ナンバーの救援の車、自衛隊の車も目につく。夕方、松本市内のスタジオで「むたい俊介アワー」。この日の80分間のゲストは、相澤病院の救急救命士の中込悠さん。東日本大震災発災直後、相澤病院のDMATのメンバーの一人として、一週間に亘り被災地で現地調整員を務める。その経験をリアルに語ってもらう。様々な課題を伺う。今回の教訓として3点を聞いたところ、(1)情報共有、(2)自己完結型活動の必要性、(3)想定外のことが起きるのが災害、とのこと。対談後のオフレコ懇談では更に興味深い指摘。
    写真:岡谷にて宗教団体の例会で「防災講話」 写真:信濃町遺族会総会にて「防災講話」
    写真:長野道で目立つ西日本に向かう福島ナンバーの車 写真:松本市内で相澤病院の中込救急救命士を招いてのuetream中継
  • 4月2日
    新年度を迎え、大学で院生との専攻内容の打ち合わせとゼミ生選考の作業。私のゼミの説明会に小講義室がいっぱいになるほど大人数が集まり、ゼミ選考面接には50人が集まる。10数名に絞り込むのは本当に辛い。学生は明らかに大震災をきっかけに物事を真剣に考えるようになり、災害時に発揮されている自治体の機能についての関心も高まっているとの感想。私が面接した学生の中にも被災者がおり、近親者を失った人も。面接の場で絶句。保護者の庇護の元に安心して勉強ができる有難さを噛みしめなければ、との暗黙の気持ちが漂っている。用紙不足のためか新聞はページが少なく、三分咲きの桜にも花見客は誰もいない。日本中が喪に服している。
  • 4月1日
    早朝、松本市域選出県議の県議選出陣式に参加。その後、各地区の県議選出馬陣営の事務所を激励訪問。無投票の事務所は和んでいる。夕方、東筑摩郡選出県議の無投票祝勝会に顔を出す。その後、松本市内の県議選個人演説会で激励挨拶。今回の災害に際し、長野県中信地域として貢献しうることとして、(1)東西日本を繋ぐ周波数変電所の大増設、(2)疎開企業の受け皿として体制整備、(3)リニア中央新幹線のCルートを即刻見直し災害時に強いBルートに計画変更、を提言する。そのためにも県議に当選してほしい、と申し上げる。ところで、今次の歴史的災害・原子力災害に対応する米海軍を見ていると、日米同盟の意味を改めて感じる。日本が原子力災害で対応できない能力を米軍はきちんと保持。我々は国家としてそのことをどこまで知っていたのか。他人任せの国家運営に対する真摯な反省と将来に向けての建設的な議論が必要。
    写真:松本市域選出県議の県議選出陣式にて 写真:松本市域選出県議の個人演説会にて
    写真:東筑摩郡選出県議の無投票当選祝勝会にて 写真:

過去の活動報告

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