2008.09.24
理念・政策・メッセージ
「日本が有する国際社会をリードできる素養」
ロンドンでエプソン欧州の副社長の滝沢さんとお会いする機会があった。ロンドンの近郊に事務所を構え、マーケッティングの責任者としてご活躍であった。
欧州の統括機能はオランダのアムステルダムにあるが、アムスの人員が150人であるのに対して、欧州全体では1,300人の社員を擁し、各地の拠点が販売戦略や関係会社の支援に汗を流しているとのことであった。
エプソンは、長野県が誇る国際企業ですが、全世界を北米、アジア2ヶ所(北京とシンガポール)、そして欧州の4つの販売ネットで統括し、それぞれの地域ごとの販売戦略を練っている。製造拠点は、中国(深浅、蘇州)、インドネシア(ジャカルタ)、フィリピン(マニラ)にあり、日本の事業部で開発したものをアジアのマスプロダクションで生産し、各地に輸出するというシステムになっている。
滝沢さんの属する欧州は、欧州だけではなく、EMEARという言葉で代表される地域を統括している。Eはヨーロッパ、MEはミドルイースト(中東)、Aはアフリカ、Rはロシアである。国際企業の間では、EMEARという言葉は、既に世界で通用する用語になっているとのことだ。
製造拠点が欧州にまったくないわけではなく、イギリスにもプリンター用の消耗品の工場はあるのだそうだ。もちろんサービスセンターなどは沢山あり、そういうところをこまめにバックアップするのも大事なことのようだ。
ところで、滝沢さんは、26年の会社生活の中の15年が海外なのだそうだ。中国、ドイツ、英国といった海外経験があり、それぞれの国の国民性に基づくものの考え方を熟知されてこられた。
英国は、外国の金が英国に集まる仕組みを巧みに構築し、世界にしっかりと根を張っている。確かにロンドンには世界の金持ちが集まっている。アラブの金持ち、ロシアの金持ち、アフリカの石油成金、中国のニューリッチなどはロンドンを我が物顔で闊歩している。高級ホテルでアフリカ人の金持ちの子供が高価なブランドショップで買い物をしているのは珍しくない。そしてその傍らで、東欧からの移民が静かにホテルのボーイの仕事や道路清掃の仕事をこなしている。
滝沢さんの観察では、中国、アフリカ、ロシアといった世界の金持ちは、子供が高校生になるとこちらの私立高校の寄宿舎に入れるのだそうだ。そこで本場の英語を勉強させ学友も作り大学を卒業させ国際企業で実績を積ませ本国に戻す、という考え方のようだ。エプソンでも中国人の学卒者が入社試験を受けに来るのだそうだが、彼らはハングリーで能力も高く、日本の若年層との比較で見ていると、ある意味で「危機感を感じる」のだそうだ。
滝沢さんの感覚でも、欧州における日本のプレゼンスの低下は目を覆うばかりで、今後の国としての人づくりを含めた国際戦略の必要性を痛感するとのことであった。滝沢さんは過日南アフリカの喜望峰を訪問し、その折に、彼の地にも中国人留学生が沢山いることにショックを受けたそうだ。中国は長期的視野にたった骨太の国際戦略があると感じるようだ。それに比べ、日本はどうか。外国から見ていると、諸外国では問題になりえないようなことが日本の内政の大課題になってしまっているようであり、外に目を向ける余裕もないように思えてならない。その間に、世界は日本抜きでいろんなことを進めている。
その意味では、東京オリンピックのような国際イベントを国を挙げて誘致していくことは、国に活を入れる意味ではいいのかもしれないというのが、滝沢氏と議論をしていて派生した結論であった。英国は、2012年のロンドンオリンピックで、EUの中での競争力を更に増そうという地域振興戦略があり、それに向けた投資が各地で行われ、これまでは将来に向けての確実な内需の見込みが堅調な景気を支えてきた。
日本は輸出で溜め込んだ金を国内で使えず、低金利の元で外国投資家に円資金の低利調達のスポンサーとなり、投資家はそれをユーロやポンドに変え、ロンドンオリンピックを支えている、ということになるのかもしれない。働いて稼いだお金が国内で使われず、それが外貨に変えられることで円安になり、円の価値をかえって下げているなどということを許しているなどは、国際戦略を持った国の姿勢とは思えない。
ところで、その滝沢さんから、今後の日本の国際競争力というものをどう考えていくのがよいかについて、卓見を伺った。15年間の海外生活で到達した視点であり、私もまったく同感であった。それを以下簡単に記す。
・日本はこれまで技術力を背景に、良いものを安く作り、世界市場に向けて提供すると言うビジネスモデルで成長してきたが、昨今の製品のデジタル化で差別化が難しくなったり、もの作りにおける中国の台頭などで、このビジネスモデルは既に限界に達している。
・90年代のバブル経済の崩壊で本質的な問題点のすり替えが行われたが、実はこのビジネスモデルの限界こそが長期的且つ本質的な問題だ。
・日本の技術の良いところは、物を小さく、精密に且つ高品質で作り上げることができる、というところにある。この技術こそが環境に最も重要な要素すなわち、省電力、小型化軽量化(使用後のごみの最小化)及び高品質高耐久性(製品がごみになる時間の引き延ばし)に重要。端的な例が自動車でこの3要素が見事に当てはまる。
・EUは社会、経済の牽引の重要な柱の一つとして環境を挙げ、既に実質的にもイメージ的にも日米に水をあけている。これを政治(EU)がリードする形で経済(市場)に落とし込むと言う形を取っている。
・しかしよく考えて見ると本来基本的な技術は日本が勝っており日本のお家芸とも言えるようなものだ。環境戦略は50‐100年のスパンで捉えていかなければならないものであり、ここ数年EUに(特に規制と経済活動の調和の部分で)水を空けられたとしても遅きに失してはいない。
・消費大国であるアメリカは根本的に政府も企業も環境に対する根っこがない。中国の社会問題はまさにそこにあり彼ら自身の能力では解決できないことは目に見えている。
・日本こそが国際社会をリードできる素養(技術、公共的なものの考え方など)を持っている。これをいかに正しく行うかが問題。
滝沢さんは、実は長野県の長野高校の出身だ。滞在中のロンドンで、同郷の方と思わぬ議論ができた。日本の国内にいては気恥ずかしくてできないような大局的な議論が外国ではまじめにできる。これは面白い現象だ。日本人は外国に出ると愛国者になるのであろうか。「遥かなるケンブリッジ」の藤原正彦氏と同じ心境になってくるのが不思議だ。
ところで、現在は日本国はアジア重視で国力も資源もそちらにシフトしているように思えるが、外交用語に「外交はガーデニングと同じだ。手を抜くと雑草が生える」という言葉がある。政治も経済も安全保障はリスク分散が基本だ。中国やアメリカは、世界の各地に目を向けているが、日本も一方的な精力のシフトは賢くない。バランス重視が必要である。これは外交面も内政面も同じことである。