理念・政策・メッセージ
2010.11.11
「包括的経済連携基本方針から透けて見える政治主導の危うさ」
昨年の総選挙の際の民主党のマニフェストには、農家の戸別所得補償制度の導入と貿易の自由化をセットで議論する前提の文言が入っていた。「自由化して安い農産物が入ってきても農家の所得は保障しているから大丈夫」、というのが民主党の基本スタンスであった。私は総選挙中の街頭演説でそのことを指摘して、農家の皆様に注意喚起を行った。しかし、その当時は、個別所得補償で現金を手にできるという目先の誘惑が農家を支配し、貿易自由化に関する私の指摘は地元で顧みられることはなかった。
その選挙から1年以上が経過し、TPP(環太平洋経済連携協定)の参加の是非が急にクローズアップされる中で菅総理はその参加に前向きな意思を表明した。それに対し、農家からの強い反発を受け、政府が11月6日にまとめた包括的経済連携基本方針においては、「TPPについては、その情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」との文言を盛り込んだ。TPPへの参加の是非には踏み込まない課題先送りの玉虫色の文言である。
TPP議論は突発的な議論ではない。しかし政権交代後、政権内でこの問題が真剣に議論されたのはほんの数週間前からである。政権交代後、与党はこの問題に対してどのような議論をしてきたのかその形跡が見えない。基本方針が「国を開く」と言うほど国のあり方を大きく変えることになるTPPについて、国民的な議論を喚起し、大いに国の将来の行方を議論すべき時に、相互に関連性の薄い普天間基地問題、こども手当、高速道路料金の無料化、事業仕分け、尖閣諸島事件への対処不備、政治と金を巡る問題処理など与党自らが招いた事案の処理に政府機能の膨大なエネルギーと時間を注入することを余儀なくされ、真の国益に関連する長期的課題への対処に手がついていないと言っても過言ではない。おまけに夏から秋にかけての国難の時期に、民主党の内部の党首選挙に現を抜かし、長期的政策論議を怠った。まさに政党の身内の自己都合の論理により国益が損なわれていると言っても過言ではない。
その中で、この度、バタバタで「包括的経済連携に関する基本方針」がまとめられた。文章としては、わが国を取り巻く環境の認識、今後の取り組みについてのスタンスが整理され頭の整理としては分かりやすいものと言える。しかし、それに対する政府としての取り組み体制と政策の中身の具体性は全くない。
農業については、「高いレベルの経済連携協定」と「食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させる」と簡単に謳っているが、両者は両立が難しい矛盾する課題である。その処方箋である抜本的国内対策、財政措置、財源の見通しは全くない。TPP加盟の実現により関税措置が撤廃される中で国内農業対策の膨大な財源措置をどのように工面するのかについて具体的な知恵はない。こども手当の実施の財源確保もできずに赤字国債を垂れ流す財政構造をどう打開するのか、高速道路料金無料化の約束を果たす財源をどう確保するのかといった解決困難な課題に加え、TPP参加に伴う国内農業対策の財源確保の見通しなどはまったく立たない。
見通しの無いままに、その場凌ぎの出たとこ勝負で方針を打ち上げ、エイヤーで詰めの議論の無いまま政策を実現してしまう現政権のスタンスの危うさを多くの国民が感じ始めている。政治主導が空回りしている中で国の将来の帰趨を大きく左右する国際的議論に日本は大きく出遅れを余議なくされている。政治空白、政治機能の不全の中で、TPP議論が偶発的に始まったかの感を国民は抱いている。
我々は、中長期に亘る国の行く末の議論をきちんとできない政治が、わが国の国際的地位を更に落としめていくことが我が国にとって致命的な禍根を残すことを強く認識すべき時期に至っている。早期に責任ある政策実行が可能な政権再構築を果たさなければならない。