理念・政策・メッセージ
2010.10.17
「日本の自治体会計制度の見直しのモデルの英国公会計組織」
〜〜〜概要〜〜〜〜〜
『現在日本では自治体会計制度の見直しがなされようとしている。自治体監査に専門性を高めようとする取り組みであるが、そのモデルとなる英国の機関がある。CIPFA(公共財務会計士協会)という自治体から独立した団体であるが、そこの機能はわが国の自治体監査改革にあたっても大いに参考になる。その機能を良く咀嚼して検討が行われていくことが望まれる。』
〜〜〜本文〜〜〜〜〜
現在、政府において、地方自治体の監査制度と財務会計制度の見直しが進められている。厳しい財政状況を正確かつ簡明に公開し、住民の理解を得て財政運営を行う要請が高まっているなかで、現在の地方自治体の監査委員制度、外部監査制度からなる監査制度が有効に機能していないのではないか、予算単年度主義、執行の硬直性、国庫補助制度等、現行の財務会計制度にも原因があるのではないか、との指摘がある。
このため、1.監査委員制度・外部監査制度の廃止を含め、ゼロベースで大胆に見直し制度を再構築するべき、2、内部の監査と外部の監査に再構築し監査の対象、観点を制度上明確に区分すべき、といった観点から様々な検討が進められている。
その中で、外部の監査には、監査対象からの独立性、組織的な体制の構築が必要であり、地方公共団体から独立した機関(例:イギリスの監査委員会)や、複数の地方公共団体の共同設立機関などが考えられ、具体的な制度設計を今後検討していくものとされている。そして、外部の監査については、組織的な監査手法等に関する専門的知識及び行財政制度、特に財務会計制度についての知識の両者を備えた人材から構成される組織が前提となるべきであり、そのための資格制度や、人材を集約する制度についても検討すべきとされ、併せて専門性の要請は内部の監査を担う主体に対しても同様であるものとされている。
さて、ここで語られている内容は、実は英国の制度を模範としているように思われる。
3年ほど前まで英国に滞在し、英国の行政を見ていてつくづく感じたことは、仕事の種類ごとに専門性を重んじ専門家が重用されているということであった。
公務の責任あるポストにはそれにふさわしい専門知識のある人を公募などで選ぶということが当然視され、キャリアシステムの中で事務職員にさまざまなポストを経験させて年功序列で次第に責任ある地位に就かせていくという日本のシステムとは根本的に異なる仕組みが定着している。どちらがよりよいかは、その国の文化の違いや終身雇用という勤労形態を採用しているか否かという根本問題にまで遡る議論をする必要があり、一概に語れないところがあるものの、昨今の公務員制度改革の流れの中で、公務員の専門性を重視する流れはこれからも進みそうである。
ところで、専門性を重んじる英国ではそのシステムを支えるために、専門性を高める教育的仕組みがある。大学はもとより、同業者が作る様々な協会が専門性を高めるための研鑽の機会を提供している。そのうちのひとつである公共財務・監査の分野の同業者の集まりであるCIPFA(TheCharteredInstituteofPublicFinanceandAccountancy;公共財務会計士協会)という組織のFreer事務総長を訪問したことがある。
当時から、わが国において現在公会計分野の改革と監査制度のあり方の議論が始まっており、英国の現状は日本の議論においても必ずや参考にされることが見込まれることを想定しての訪問であった。この訪問の下敷きには、いち早くCIPFAの機能に着目した関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科石原俊彦教授のアドバイスもあった。
CIPFAは公共団体に関わる公共財務会計士(Chartered Public Finance Accountant;CPFA)の集まりである。注意しなければならないのは日本で言う公認会計士は英国では勅許会計士(Chartered Accountant; CA)と呼ばれ、CPFAとは異なる専門家集団を形成していることである。CPFA(公共財務会計士)は日本には存在しない専門家集団である。
石原教授によれば、会計制度には「財務会計」、「管理会計」、「監査会計」があり、日本で言う外部監査の対象になるのはこのうちの「財務会計」のみであり、ディスクロージャーも財務会計がその対象になる。これに対して、個々のプロジェクトを管理するのが「管理会計」、組織のガバナンスを管理するのが「監査会計」であり、監査会計は財務、管理の両会計にまたがる概念である。そして、公共団体の内部事情に精通したCPFAは、この3会計全てをカバーするノウハウを持つ専門家集団ということになる。
CIPFA訪問にあたり、我々は予め日英の監査制度の比較表を作り、我々の問題意識を先方に伝え、Freer事務総長からは、それを受けCIPFAの役割、機能、抱える課題などに関して明瞭なお話をいただけた。
CIPFAは、1885年に設立されて以来125年の歴史を誇る、公共セクターの財務、監査に特化した役割を果たしている会員組織であり、英国を中心とする自治体の財務関係幹部や内外の民間会計士など13000人の会員を擁し、徐々に外国へも活動範囲を広げているそうである。現在25カ国で40のプロジェクトを進めているという話も伺った。
会計基準の作成などに携わっているほか、人材養成の観点から公会計をきちんと研修させるコースも設定している。我々が訪問した際も、事務所の一角では会計セミナーが開催されていた。週に3-4回はこのようなセミナーが催されているのだそうだ。学生向けのオンラインによるサービスもあり、非常に体系だっている。自治体公開系の分野で専門家を目指す人たちがここを頼りに研鑽を深めている。
CIPFAが取り組んでいる現在の大きなプロジェクトのひとつは、公会計分野における国際財務報告基準(International Financial Reporting Standard;IFRS)の世界展開なのだそうだ。世界の4-50ヶ国が参加するこの国際財務報告基準には中国も参加する予定であり、英国では2008年度よりまず中央政府とその関係団体にIFRSが導入され、今後自治体へも導入が進められるとのことであった。
CIPFAのもうひとつのプロジェクトとしてあげるべきは、自治体監査を通じた自治体の財務の改善支援である。これがCIPFAの本来の目的でもある。バリュー・フォー・マネーの観点から財政資金が効率的に賢く使われるように目を光らせている。Freer事務総長は、以前バーミンガム市の会計部門の責任者を務めておられたが、当時は65名の専門資格のある会計士が在籍していたのだそうだ。バーミンガム市は英国第二の大都市とは言え、日本の感覚に慣れた我々からは想像も出来ない人数の多さである。中規模の都市でも、12-15人程度の資格のある公共財務会計士がいるのが普通だというお話であった。
自治体の監査は内部監査と外部監査に分かれ、内部監査は自治体の事務総長に報告があがり、外部監査はそのまま外部に公表される。そして各自治体における監査は、価格の安さ(cheapness)だけではなく、サービスの質(quality)の確保の観点に立ち、個別の会計処理のチェックだけではなく仕事の仕方、システム自体の検証(risk with the system)を行うまでに至っているとの説明があった。各自治体では法律で求められている1年毎の年次報告に加え、3月毎の報告も行われているとのことでした。年次報告は、会計年度終了後3ヵ月後にはレポートが出されるというスピーディーなものである。
CIPFAの組織は会員の会費と教育訓練・出版、コンサルタントなどのサービス提供による収入の二本立てとのことだ。年会費は250ポンドと個人のポケットマネーから出すとすると安くはない。しかし会員収入は年間4000万ポンドの支出の1割程度にとどまり残りは「営業活動」による収入である。ベンチ・マーキング・クラブという制度があり、CIPFAが自治体のベストプラクティスを指定する仕組みもある。各自治体は会費を払いその指定を競う。ほかにも自治体は財政指標を含め各種指標をCIPFAに提供し、CIPFAはそれを元に各自治体のパーフォーマンスを比較・公表し、どの自治体がどの分野でほかよりも相対的に優れているのか劣っているのかが一目で分かる仕組みを導入している。自治体はそれに対してコンサルタント料を支払っている。おおよそ、全国の自治体の9割方は加入しているとのことであった。
私から、「考えようによっては自治体が自らの弱みをさらけ出すことになる調査分析に金を払うのはやや自虐的に思えますが」と水を向けると、「確かにそうだ」とFreer事務総長は笑って答えておられた。また、「わが国ではそうした決算分析は政府が行っているのですが、英国では政府はそのような分析は行わないのですか」と伺うと、「政府も決算分析的な作業はするもののCIPFAのようなデイーテイルに踏み込んだ分析までは行っていない。また政府はCIPFAの機能と能力を高く評価しており、この分野の分析を後押ししてもらっている」とのお話もあった。確かに、125年の歴史の重みは違う。
話の最後に、「CIPFAの抱える問題点があるとしたら何でしょうか」と伺うと、Freer事務総長は暫く考え込んだ後で、「我々の世代が引退したあとの若い世代が我々の仕事を引き継いでくれるかどうかが気がかりだ」とおっしゃっておられた。英国では伝統的に公務部門は非効率、民間部門は能率がよいとの固定観念があり、それに加えて最近の民間部門の専門職の給与高騰により、若い世代の優秀な人を公務部門に集めにくい状況が強まっているとのお話であった。Freer事務総長は、「確かに公務員になって金持ちになることは出来ないが、こうした英国の固定観念は間違いであり、実際には公務分野はクリエーティブでやりがいもあることを若い人に理解してほしい」と語っておられた。
私からは、日本では公務部門はこれまで優秀な人材を集めてきたが、昨今の公務員制度改革や公務員バッシングの中で優秀な学卒者の公務員離れの傾向が出ていることを心配している人が多いことをお伝えした。
さて、専門職を重視する英国の制度的裏づけとも言えるCIPFAのような機能については、日本でも大いに参考になると思われるが、英国の制度が必ずしもいいものであるとばかりは言えないようだ。
私がロンドンで知り合ったCIPFAと長年のパートナーシップを結んできた公会計制度の第一人者であるRita Hale女史の言葉から伺った言葉が心に響いている。彼女は、「監査はとても大事で公的資金は適切に使われなければならない。しかし私は時折、英国の監査や検査は行き過ぎではないか、行政執行の現場を混乱させてはいないか、公務従事者が監査に気を取られるメンタリティーを生じさせ、本当に質のよい行政サービスを提供するよりも検査の枠にあわせた仕事をしてしまうことになっているのではないか、と感じることがある。だから日本は英国の成功と同時にその間違いからも学んでほしい。」と私にメールをくれた。
Freer事務総長もRita Hale女史もお互いをよく知る長年の友だそうで、今回の訪問のことをお話しすると、どうして務台さんがその人を知っているのかと不思議がられた。ロンドンという人材の集まる都市の駐在だからこそ実現する一期一会であった。