自由民主党

衆議院議員 むたい俊介オフィシャルサイト 長野2区 自民党
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理念・政策・メッセージ

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2024.05.15

「日本の災害と復興の特徴」
(カナダの国会議員に日本の防災の特徴をレク)


(私の災害との付き合い)
 私は、衆議院議員になって12年目に入るものですが、元国家公務員で、消防庁防災課長を経験しました。消防庁に戻る前の茨城県庁出向時には、1999年に起きた茨城県東海村で発生した原子力燃料作成事業所に於ける原子力事故にも遭遇しました。国会議員になってからは、防災担当内閣府政務官、復興庁政務官、そして最近では原子力防災担当内閣府副大臣などを経験してきました。今は、衆議院環境委員長として、原子力防災担当も所管事項になっています。そのような立場で、今日は発表の役回りを与えられたもの思っています。


(災害履歴が日本文化に反映)
 カナダも自然災害は多いと思いますが、日本もその置かれた地理的立場から世界で最も自然災害の多い国として知られています。日本語で、「地震、雷、火事、親父」という言葉がありますが、この言葉は、昔の日本の家父長制(年長の男性が家族を支配する仕組み)の元で、地震や雷、火事などの災害に匹敵するほど親父が怖いとされていることを表す言葉です。この言葉は、怖い順に並べた言葉であり、ある意味、ユーモアも込められていると言われています。災害は様々な文学作品の題材にもなり、古いもので言えば、800年ほど前に編まれた小倉百人一首に掲載されている和歌、「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは」という有名な和歌に掲載されている「末の松山」とは、西暦869年、今から1155年前に当時の日本を襲った貞観地震の際の津波が、「末の松山」、今の宮城県多賀城市まで押し寄せた史実に基づく歴史を踏まえています。日本の東北地方で貞観地震に次ぐ巨大地震はそれから1142年後に起きた2011年の東日本大震災でした。東日本大震災の際には、大リーグで活躍している大谷翔平選手も高校生の時代に被災しています。


 今年の元旦には、能登半島地震で大きな地震がありましたが、実は200年前の元旦にも地震があり、私の選挙区の長野県信濃町出身の俳人である小林一茶はその地震を経験し、「世の中をゆり直すらん日の始」との句を詠んでいます。この句には、「地震は起きてしまったがみんなで協力して支えあって世の中をより良いものにしたい」との思いが込められています。


(日本の災害の種類の多さ)
 事ほど左様に、頻繁に訪れる災害の甚大さ、その種類の多さが日本人の気質を形成してきたと言っても過言ではありません。地震、台風、火事、豪雨災害、そして雪害というものもあります。今でこそ地球温暖化で雪が少なくなったとは言え、日本海側は豪雪地帯です。今から100年前にはこの東京を関東大震災が襲い、当時の東京は灰燼に帰しました。10万5千人もの方々が亡くなり、地震の起きた9月1日は、防災の日と定められ、様々な防災訓練が日本中で執り行われています。


 その関東大震災の際に、天譴論が唱えられました。天譴論とは震災を天罰と捉え、人間が傲慢になっていることを神が罰したと捉える発想です。先ほど、紹介した小林一茶の俳句にも通じる観念です。今では、そういうことを発言するとバッシングに遭うので多くの日本人は発言を控えますが、日本人の思いの中にはそのような観念があることは事実です。


(日本の災害対応システム)
 そういう日本人の災害履歴を踏まえ、日本は長年かけて災害対策を充実してきました。政府から自治体、地域社会に至るまで体系立った防災システムができあがっています。総理大臣がトップに中央防災会議を頂点として、内閣府防災、消防庁、警察庁などが初動対応を、復興段階に至ると、国交省、経済産業省などのインフラ関係官庁が多くの役割を果たします。巨大災害が発生した場合には、特別の政府機関を作って復興に当たることもあります。東日本大震災の場合には、発災後、復興庁が出来、現在も存続して機能しています。実は、100年前の関東大震災の時にも帝都復興院が設立され、首都復興の計画を作っていった歴史があります。


 日本の災害対応の特徴として、国や地方の役所が災害対応の司令塔にはなりますが、地域毎に災害対応組織があるという特徴があります。消防団、町内会に置かれた自主防災組織がそれです。消防団員は全国に約80万人いて、ボランティアとして日々の訓練、災害対応に当たっています。もちろんその維持には大きな課題を抱えていますが、困ったときの助け合いという観点で、地域防災組織の存在は日本の災害対応の特徴かと思われます。


(事前防災の重要性)
 最近の災害対応の特徴は、やはり、ICT技術の進化でしょうか。災害予測、災害発生時の状況把握、安否確認など画像やデータでリアルに情報が入ってくるようになりました。この点でも日本は世界最先端の災害対応技術を保有していると言えると思います。


 事前防災という観点が最近強調されてきています。災害が起きる前に災害対応投資を行っておくと被害の発生が軽減され、その後の復興も早くなるという考え方です。能登半島地震の際にも明らかになりましたが、例えば水道管の耐震化が遅れていた能登半島地域は、地震による水道管破損被害が大きく水道復旧が遅れたという事実があります。事前防災充実の観点に立ち、日本では、私も提案者の一人となりましたが議員立法で国土強靱化基本法という法律を東日本大震災後に作りました。


(世界の消防官を目指す日本)
 実は、日本は、「世界の消防官」として機能したいという思いがあります。私も防災担当の政務官をしていた時に、そのことを職員によく申し上げました。災害対応、復興に関する日本の経験、技術、制度、組織は必ず世界に貢献できるという考え方です。「世界の警察官」を自認する国はありますが、日本は「世界の消防官」を自らの任務と心得、対応していく意思があります。仙台防災枠組みという仕組みがあります。2030年までの国際的防災指針を定めたものですが、これは、日本が主導して定めたものです。


(国難級地震)
 潜在する現在の日本の最大の危機は国難級地震と言われる首都直下地震と南海トラフ地震です。これが起きると、天文学的な損失を被ると試算されています。その十分な対応は実は出来ていません。首都圏や東海道臨海部に経済的機能を集中させている日本の国土構造の在り方も考え直していかなくてはならない大きな課題です。防災対策は日本にとっては永遠の課題ですが、大災害を迎え撃ち、乗り越える度に、日本自身が成長して行き、その経験で世界に貢献できることを願っています。


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