理念・政策・メッセージ
2020.10.15
「令和元年台風19号による地元の被災と対応を振り返る」
一年前の令和元年10月12日から13日にかけて台風19号が日本を襲い、各地で大きな被害が起きました。長野県でも千曲川の堤防が決壊するなど歴史的な被害が生じました。その被害から一年が経過し、被災地では生活基盤の回復、治水事業の進展、住宅の復旧、果樹の回復などの復旧復興は着実に進展しています。政府も国土強靭化のための予算を目いっぱい確保しています。私自身も、改めてその折の状況を発災直後からの自分自身の行動記録を振り返り、被災時の政治家の行動のあるべき姿を反省を含め改めて辿ってみたいと思います。
「10月13日早朝、NHKテレビで千曲川が数か所で決壊し濁流が堤内地に勢いよく流れ込んでいる情景を目にし、絶句。特に、私の選挙区の豊野地区へも穂保地区の決壊個所からの浸水がひどい状況を確認し、直ちに防災服に着替え現地に向かう。長野市豊野から見た千曲川決壊の影響は広範囲で、低地は等しく水没しリンゴ畑も無残に水没。地元の青木敏明市議会議員に御同行頂き、被災状況をしっかりと見る。北陸新幹線の車両基地も浸水し、新幹線車両も水没。予てからの指摘が現実に。豊野西、東小学校の避難所も慰問し全力で復旧に当たる旨皆様に伝える。午後、長野県消防学校に武田良太防災大臣を迎え、阿部長野県知事、加藤長野市長と共に台風19号被害早期復旧支援の要請を行う。武田防災大臣からは、お金のことは心配しないで災害対応するようにとの心強い言葉。被災の当日に現地入りされたことに深謝。夕方は、麻績村宮本地区で麻績川が決壊の報を受け、麻績村に向かう。麻績川が決壊し、その流れが本流に戻る時点で出口の堤防を損壊、併せて篠ノ井線の線路土手を抉っている状況を見る。食事も採らずに応急復旧に全力投球の地元建設業(関川組)の皆様に深謝。各地で多くの傷跡を残した台風19号の酷さを自ら実感。」
「10月14日、松本市四賀地区の被災現場を訪問。災害の現場を巡回の会吉町会長の穂高氏とも路上懇談。同地区で工事中の災害復旧現場も激励。今回の台風で土嚢が流された由。ご案内頂いた望月組の役員からは人手不足が深刻で、今のままの状態では同時多発の災害に対応できないとの懸念が表明される。長期的に地元建設業を函養する仕組みを考えなければ。夕方、明日早朝の自民党本部での台風災害緊急対策本部会合に参加する為、松本から名古屋経由で東京に向かう。あずさ運休、北陸新幹線間引き運転、中央道も不通の中で大迂回作戦。松本駅は切符確保の皆様で行列。明朝発言すべきことを車中で整理。ところで、千曲川河川事務所がまとめた千曲川氾濫の歴史を地元紙が紹介。頻繁な災害の歴史を一般人は知らず。それどころか、治水対策を軽視する知事、政治家を選ぶ選択を行って来た。その時の知事は、今は長野県を離れ、今回の災害に際して現場に姿は無い。所詮、その程度の責任感で行政を司ってきた人物。民主主義はある意味で脆い。」
「10月17日早朝、自民党本部で開催の果樹農業振興議員連盟総会にて台風災害による果樹被害の報告を聞く。長野県からは果樹被害の報告が未達、農水省園芸作物課長が現地入り、とのコメントあり。更に台風19号非常災害対策本部で被害状況とそれに対する対応の説明を受ける。私からは、災害廃棄物受け入れの迅速化、林檎被害回復の目処、旅館ホテルの予約キャンセル対応、大型補正予算を今国会に、と訴える。その後、新幹線で長野市に向かう。長野市豊野の被災地を訪問し、災害ゴミの処理について、地元の皆様の声を環境省長野県リエゾンに伝え、今後の対応を促す。地元の油処理プラントも被災し、付近に油が拡散する状況も視察。豊野西小学校の避難所を再度訪問。私が仲介した段ボールベッドの配備、そして新兵器のWOTAの水循環シャワーの投入も目に入る。諏訪中央病院の医師も駐在、ライオンズクラブの豚汁も好評。避難所は、心無しかやや緊張感がほぐれた雰囲気で安心。豊野商工会敷地内で、江戸時代の長野市大水害の碑が目に入る。歴史は繰り返す。」
「10月20日早朝、安倍総理を長野市に迎え、千曲川堤防決壊現場、長野市北部スポレクパークの避難所を訪問。堤防早期復旧、避難所のアメニティ向上を確認。子供たちも総理を大歓迎。総理が、長野県庁で長野県知事、長野市長から災害支援の要請を受ける。私も同席させて頂いた場で、総理は「農家の皆様に頑張っていこうという気持ちになるよう後押ししたい」とも断言。午後、長野市穂保、長沼、赤沼の被災状況を見る。若手ボランティアが大勢支援に。穂保地区にはこの日、東京から我が長男も朝からボランティアに入ってくれた。苦労様と慰労したい。夕方、斑尾高原スキー場、タングラムスキー場の土砂崩れの現場を視察。スキーシーズン開始までに復旧が急がれる。長野県索道協会の顧問としても全力支援の気持ち。」
「10月21日午前、長野市長、JA長野県中央会を訪問し、政府に対する要望事項のうち農業関係被害に係る要請を承る。今週の委員会質問に備える準備も兼ねる。その後、長野市内の農業被害の現場を訪問し、水に浸かったリンゴ畑、ゴミが散乱し油の浮く水田、ライスセンターではもみが発酵の被害の実態をしっかりと目に焼き付ける。午後、江藤拓農林大臣を長野市に迎え、長野平ライスセンター、長野平フルーツセンター、リンゴ畑の農業被害を実見し、被災農家の話を伺う。被災リンゴ農家の金箱文夫氏、成田祟夫氏、塚田史郎氏、小滝愛子氏、小滝和弘氏の絞り出すような意見に思わず引き込まれる。江藤拓農水大臣は、営農意欲を保持できる対策を講じることを約束。」
「10月25日午後、東御市海野宿橋高架崩壊に伴うしなの鉄道不通箇所をしなの鉄道春日社長にご案内頂く。石和、山田両県議、花岡東御市長と現場視察。国の権限代行を要請される。引き続き、上田電鉄の鉄橋落下の現場を同電鉄池田運輸部長にご案内頂く。地元の山田県議と参加。復旧工事、バス代行が会社の体力を削ぐ。夕方、麻績村、筑北村役場を訪問し、両村の台風被害の状況も聞く。大規模ではないものの台風の傷跡は多数残る実態を知る。現地を訪問して知る真実。」
「10月26日午後、加藤長野市長のご案内で「ながの環境エネルギーセンター」を訪問。災害ゴミの最終焼却処理がフル稼働の現状を目の当たりにする。それでも貯留ピットは満杯。市民、ボランティア、行政、自衛隊の皆さんが災害ゴミの搬出を合理的に行うoperation,OneNAGANOが始動する話も伺う。長野市内に設置された4箇所の被災ごみ(正式)仮置き場の一つ松代青垣公園運動広場を訪問し仮置き場を管理しておられる皆様に感謝申し上げる。」「10月27日午後、長野県議会議員の大井岳夫氏の要請で、台風19号による佐久市内の被災箇所を訪問。地元の市議、町会役員の皆様が与党の代議士に必死の要望。柳田佐久市長からも罹災証明を実施の公民館で要請を承る。長野3区に自民党代議士が不在、自民党参議院議員も長野県には不在の中、頼るべきは隣接の選挙区の自民党代議士との必死の気持ちにほだされ訪問。」
「10月28日長野市赤沼の大田神社に太田宮司を見舞う。全国から神職が支援に参集。歴史的に頻繁に水害を蒙ってきた神社の床下には、木舟が用意されていた。今回は未使用。神社の近くをボランティアが現場に赴く。赤沼のセブンイレブンも再開。日常生活が徐々に回復。昼に、長野県議会自民党控え室で県議の皆様と台風被害の対応の現状を共有。その後、長野県庁の幹部から災害ゴミに関連するレクを受け、県庁に常駐の環境省チームを激励。」
「11月3日、昼前に小泉進次郎環境大臣、河野太郎防衛大臣を長野市に迎え、災害ゴミ処理、自衛隊の被災者支援の現状を共有。私は、衆議院環境委員会で災害ゴミについて質問予定。長野市赤沼公園に集積した災害ゴミの処理オペレーションを小泉、河野両大臣と視察。小泉大臣は記者会見で、災害ごみを「年内目標に生活圏から撤去」と言明。」
「11月4日早朝、御代田町の台風被害の現状を小園町長、大井県議、地元町議の皆様と視察。役場でご説明を頂いた後、湯川に沿った地区が多数被災している現場を見る。被災農家の皆様からも話を聞く。79歳の高齢者の方が畑の土砂の片付け。私も暫時お手伝い。別の農家の方から、以前町が整備した蛇籠が鉄砲水の侵入を一定程度防いだとの言葉には事前防災の意味を語る内容。あわや緊急放流寸前だった湯川ダムにも足を伸ばす。事前の放流が出来なかった事情を調べ、ダムの更なる有効活用を考えて行くべきとの意見で一致。浅間山山麓の美しい御代田町で台風被害の傷痕を視察の皆様と早期の復興を誓う。「台風の傷痕深き信州の各地の姿訪ね行く日々」、「被災者の声聞くたびにこみ上げる思いが我のエネルギーなり」との短歌を詠む。」