理念・政策・メッセージ
2020.04.24
「新型コロナ対策と「転位効果」」
昔、財政学の教科書で「ワグナーの法則」という言葉を勉強したことがある方もいらっしゃると思います。近代資本主義財政における経費支出は次第に膨張増大せざるをえないとし、現実にそうなっているとする法則であり、19世紀末にドイツの財政学者アドルフ・ワーグナーが定式化して以来よく知られている考え方です。
ワグナーは、膨張の原因として、軍事費、社会政策費、経済費の三つの増大を挙げましたが、今では社会保障費、インフラ投資、国防費がその要因になっていると考えられます。ワーグナーの経費膨張の法則については、それが厳密な意味での法則であるか否かの評価は別としても、資本主義諸国の国家予算が膨張を続けきていることにかんしては異論はありません。
このワグナーの法則に加え、第二次大戦後に、A・T・ピーコックとJ・ワイズマンは、新しい観点から、この経費膨張の法則についての説明を加えました。その一つに「転位効果」という現象があります。転位効果とは、経費膨張は戦争や不況などを契機に、これまでの経費の水準からさらに高い水準へと飛躍的に上昇し、これらの危機が収まっても、もとの水準へは戻らないということを言います。
この転位効果がどのような場合に生じるか、については、戦争や不況がそのきっかけとなってきたとの評価ですが、今回の新1型コロナウィルスに対する対応に当たっても、当然ながらその転位効果が生じるのではないかと注目されます。新型コロナウィルス対策で、政府は過去のない規模の緊急経済対策を練っています。危機に当たり、通常の対応で済ましていては、社会が壊れてしまいます。平時の発想を脱ぎ捨て、非常時の発想で大きな危機に当たる必要があることは言うまでもありません。
通常、行政は「補完性の原則」により、民間が「自己責任」を果たせない場合にのみ、例外的に発動されるものだという公的支援の暗黙のルールがあります。しかし、これまで、大きな災害の都度、この公的支援のルールは破られてきました。阪神大震災では、個人の生活再建、住宅支援に公費が投入されました。東日本大震災では企業や地域の再建に莫大な公的資金が投入されました。今回の新型コロナウィルス対応では、更に、公費による全国民への巨額の激励金や大規模な休業支援という枠組みが新たに追加されようとしています。
問題は、危機が去った時に、非常時モードが通常時モードに戻れるかという点が注目されます。非常時モードの状態が通常時モードに回復した後も継続すると、転位効果が生じてしまいます。財務省もそのことを危惧しているであろうことは容易に想像されます。
こうした経費は、平時ではともかく、非常時には許されるし、社会の危機を救うためにはむしろ行わなければならない対応です。一方で、これらは税や国債で賄われることになり、結局は将来の国民負担となるものです。そういう意味で、今回の新型コロナ感染症危機が将来の我が国の財政構造に与える影響というものも、事後的ではありますが、しっかりと注視していく必要があり、それも大事な政治家の役割だと考えています。