理念・政策・メッセージ
2011.03.12
「地方税の徴収率を上げる地道な取り組み」
〜「茨城租税債権管理機構」の10年の軌跡〜
租税の世界は特に公平性が重んじられる。同じ所得があるのに税負担が大きかったり少なかったり、またそもそも所得がきちんと把握されている人とされていない人の差が大きかったりすることは、国民の納税意欲をそぐことになる。国民年金制度に対する国民の不信感は、年金記録保存の杜撰さに加え、保険料の徴収という制度運用が不全になったことから生じた。
このことは国税であろうが地方税であろうが異なるものではない。そして特に地方分権が進展し、今後地方分権の財政基盤を支える地方税の量が増えることが見込まれる中において、地方税徴収の公平性確保は、尚更のこと重要性を帯びてくる。
しかしながら、地方税徴収の徴収率は残念ながらあまり褒められた数字ではない。これは滞納繰越分の徴収率が上がらないことによるものである。それに対して各自治体は試行錯誤の様々な工夫を凝らしている。
私は茨城県の総務部長時代に、特に滞納が多い市町村税の徴収の在り方について一つの手法を検討したことがあった。単独の市町村で処理が困難な地方税債権を強力に徴収する機構の立ち上げを企図した。庁内に検討会を作り、その構想を懸賞論文にも発表し、構想から4年をかけて茨城県内の全市町村が加入する「茨城租税債権管理機構」という組織が実現した。
機構設立後10周年を迎えた平成23年の年明けに、機構の最近の状況を伺いに久しぶりに水戸まで足を伸ばした。機構の塩原正裕事務局長と渡辺明良次長が歓待してくれた。「機構は、10年目に入り、きわめて順調な運営が出来ております。不動産公売、インターネット公売なども順調にやり遂げています。機構の仕組みが全国に波及し、その運営の実際を調べに水戸を訪れる人が大変多いのです。政策コンテストで表彰も受けました」という言葉の歓迎が特にうれしかった。そして事務所の壁には、多くの表彰状が掲げられていた。機構に出向した市町村職員が派遣元の市町村に戻り、機構で習得した地方税徴収のノウハウをきちんと市町村にフィードバックしているという話も嬉しい。この機構の地方税滞納処分の研修システムも全国レベルの水準だと事務局長さんは胸を張った。
個別の市町村で対応困難な債権を機構に譲渡し、機構が1年のうちに回収に全力を挙げる。1年たっても回収が出来なければその債権は元の市町村に戻す。市町村は手数料を支払うことで機構が成り立つ。
実績は、と言うと、毎年30-50億円前後の滞納整理が実現できている。機構が厳正な対応をするとの評価が定着し、それによる「威嚇効果」(機構ではこれを「事前予告効果」と呼んでいる)により、機構に滞納処理を移管すると告げた時点で、市町村に租税が納付される効果額もばかにならない。
機構設置の検討の当時、いわゆる地方分権一括法が平成12年4月に施行され、地方自治体は従前にもまして自主的・自立的に財政運営を行うことが求められるようになっていた。その中で、財政基盤の充実強化を図ることが緊要な課題となっているにも拘らず、地方税の滞納事案は年々広域化・複雑化し、処理困難事案が急増してきているという悩ましい現状があった。そこで、市町村の収入未済額の縮減を図るためには、市町村の単独での取り組みに加え、広域的な徴収体制を整備し、専門的で効率的な滞納整理を行うことが効果的であると考えた。県の個人住民税は市町村の個人住民税と一緒に徴収するという事情もあり、市町村の税の徴収体制は県にとっても重大関心事であった。
そして、将来必ず地方税源の充実、税源移譲の移譲などの議論が出てくるであろうその時に、地方税の徴収体制が弱いという批判を招くようでは、地方自主財源の充実議論に冷や水をかけることになりかねない。ついては、将来を見越して、茨城県発で、全国に先駆けて、全県をカバーする徴収機構を作り上げよう、との全国の魁たらんとする政策矜持もあった。住民向けに厳しいことを求めるのは忍びない、と、市町村長さんの中には難色を示す方もおられたが、結果として、県内全市町村を構成団体とする市町村税の徴収のための一部事務組合「茨城租税債権管理機構」が平成13年4月に設立された。
心配だったのは、機構がきちんと機能するかどうかであったが、その心配は杞憂であった。税理士や国税庁OBもメンバーに加えた税の公平性追求の専門家集団の力は大きく、「個々の市町村から機構に徴収委託のために租税債権を譲渡する」という話が滞納者に伝わっただけで、滞納者が税を納めるという、威嚇効果も確実に生じた。
この機構の存在は、全国の地方税関係者で知らない人がないまでに広まり、機構所在の水戸市には全国から多くの視察団が押し寄せた。水戸市内のホテルはずいぶん潤ったのではないかと冗談も出ていたくらいだ。視察団だけではなく、機構の関係者が全国に飛んだ。茨城発のこの仕組みは全国に波及し、10年後の平成23年には私の地元の長野県でも同様の仕組みが設置されるに至った。
意欲的な政策が評価され全国から注目を受けると、それが「観光資源」にもなるという「政策の観光資源化」という不思議な現象も生じた。
地方分権を進めれば進めるほど、税の執行体制のあり方に注目が集まる。茨城県の事例は、仕組みもその運用実績も、全国のモデルとして燦然と輝き続け、全国に普及し、地方税に対する国民の信頼感を高めることにつながっている。