むたい俊介メールマガジン第8号 2009.01.08
地域の声を国政につなげ
地域の声で国政を変える
〜むたい俊介メールマガジン〜
「100年に一度の経済危機に際して打ち立てるべき国家目標」
〜日本的価値観の再評価〜
30年ぶりに安曇野市の実家に戻り、父親の書斎の机に座り、父親が昔取り揃えた本などに目を遣りながら一冊の本を何げなく手に取った。「務台理作と信州」という南安曇教育会が発行している非売品の本である。務台理作先生は安曇野が生んだ哲学者で、地元で大変敬愛されている方だ。その先生が、信濃教育会雑誌の「信濃教育」に掲載した往時の論文をまとめて掲載した本であった。
その中で、時代の危機を十分に認識しながらそれを貫くべき指導原理を示した哲学者としてフィヒテのことを紹介した個所に興味を抱いた。
フィヒテが1808年に、エランゲンの大学で行った連続講演の一つ、「ドイツ国民に告ぐ」という講演は、非常に熱烈なもので、そこで述べられた危機の思想とそれに基づく教育思想は、務台理作先生がこの論考を書かれた1935年当時の日本が置かれた状況の中で大いに参考となるものとして紹介しておられた。
フィヒテがエランゲン大学で公開講演をしていたこの時期、ドイツはフランス軍に侵入され、エランゲンの町もフランス軍の占領するところとなっていた時期であった。その最も危険な状態の中で行われたこの講演の中で、フィヒテは、当時のドイツ国民が道徳的堕落の淵に陥り、全ヨーロッパの風潮とともに極端な利己主義に毒されていることを述べ、特にその著しい道徳的頽廃を摘発し、これがフランスに対するドイツの敗因なのだと指摘した。そしてこれを根底より救済するものは、ドイツ人の強固にして最も善良な意志を与える教育の力を待つより路はないと主張した。そしてこれをドイツ国民全体に告げ、道義心を鍛錬し、真に国民的文化を創造する純粋なる精神、勇壮なる意思を奮い起こすことであらねばならぬ、と指摘した。
務台理作先生は、哲学と教育は深い結びつきを持つものであるとの認識から、このフィヒテの講演のことを当時の長野県教育関係者に紹介されたが、振り返って現在の日本はどうでろうか。1935年当時は、美濃部達吉博士の天皇機関説が反国体的と糾弾されるなど、軍部が台頭し動乱の時代であったはずだ。こうした危機の中で、改めて教育思想の重要性を語っている先生の思想は、そのまま今日の世相にも当てはめることができるように思われる。
フィヒテのような「道義心」、「純粋なる精神」、「勇壮なる意思」などというと、何やら物々しい響きがある。今風の言葉に直すとすれば、「正義感」、「おもいやり」、「勇気」といった言葉に置き換えられるもかもしれない。学力水準の問題は置いておくとして、はびこる利己主義、学校でのいじめ、電車の中でお年寄りに席を譲らない子供たち、悪い行為に対する見て見ぬふりなど、おそらく当時より事態は深刻度を増しているのかもしれない。
日本が世界の中で委縮していると言われる今日、将来に向けての国や社会の発展の鍵は、教育の在り方に規定されることは間違いのないことのように思われる。私が少し前に過ごした英国でも教育の危機が叫ばれ続けていた。日本も同じである。そして、日本の、それも自分自身の郷里の哲学者の昔の論考に、今日的視野で見ても極めて新鮮な内容が記されていることに、不思議な思いを抱いた。
ところで、英国の歴史学者のトインビーは、「社会が衰退していくときに共通して現れる5条件」として、(1)国民の心にエゴイズムが生じる、(2)国民が自立心を失う、(3)指導者が大衆迎合を始める、(4)若者の指導を怠るようになる、(5)幸せを金や物の量ではかるようになる、の諸点を挙げている。これらはいずれも教育の在り方と大きく関係する内容であり、務台理作先生が紹介されたフィヒテの考え方に通じるものがある。
本来日本人は、義理堅い、嘘をつかない、清潔、他人への思いやりがある、親切という点で国際的に非常に評価されてきた国民である。昨今のグローバリゼーションの流れの中で、その美徳が顧みられなくなっているように思えて仕方がない。欧米、特に米国流の制度や考え方にやや無批判に範をとってきた結果が、サブプライム問題をはじめとする市場原理主義の弊害の影響をもろに受けることになったと言っても過言ではない。
私は今こそ、日本的価値観を再評価するべき時期ではないかと思う。トインビーの文明衰退の5条件と反対の理念に沿って国家目標を立てるとどうなるか。(1)国民が互いに共感の心を持ち、(2)人に依存せず、自立心に富んだ生き方を身につけ、(3)指導者は国民迎合の短期的視野ではなく、長期的視野で国家の行く末を示し、(4)社会が若者の教育に熱心になり、(5)人々が地域の文化や歴史を大事にし、幸せを地域社会の連帯や心の絆の中に見出すようになる、といった目標がそのようなものになり得る。
このような、ごく当たり前の考え方が、現在はどうも片隅に追いやられつつあるように思えて仕方がない。そして、実はこのような社会の在り方は、昔の日本の社会に存在したようにも思える。
このことは、実は、150年前の英国人が指摘していた。2008年は日英外交関係150周年の年であったが、当時英国側を代表し条約締結を行ったエルギン伯爵がそのことを指摘している。彼の書簡が、「Letters and Journals of James, Eighth Earl of Elgin」というタイトルで出版されているが、それを読んでみると興味深い記述に思わず引き込まれる。
・(日本人は)とても清潔な人々である
・丁寧で敬意に満ちている
・異邦人に親切であり、決して親切の対価を受け取ろうとしない
・向学心がとても強い
・宝石や黄金の装飾は法廷にさえ見当たらず、贅沢とか派手さがない
・コミュニティには自助の機能が備わっている
・穏やかな感情がコミュニティに漂っている
・不足感がない
・階層間での憎しみがない
・日本の社会的道徳的位置づけの高さは風物の美しさと同様に驚かされる
・天皇から平民に至るまで、日本人は法的慣習的な厳格なルールの下に生きている
私なりにざっと日本語訳をすると以上のような感想が書かれている。これは藤原正彦氏の指摘する当時の日本人の精神世界のような気がしてくる。これが、西洋化、更には米国流の考え方の中で、日本人の有り様が変化してきたのかもしれない。
ところで、エルギン伯爵の日記の中で印象深かったのは、「神は、日本人の国を西洋に開くに当たって、我々が日本人に悲惨さと破壊をもたらさないことを許したもうた。(God grant that in opening their country to the West, we may not be bringing upon them misery and ruin.)」という記述だ。日記の全体のトーンからすると、西欧に勝るとも劣らない規律と道徳を備えた日本は、敢えて西欧の世界観を押し付けるまでもなく、平和的に開国をもたらしてもよいのである、と仄めかしているような感じを受ける。明らかに優越感に満ちた発想そのものには馴染めないが、歴史の事実としてはそれなりに受け止めざるを得ない。
当時の我が国は、中国がアヘン戦争で受けた惨状を目の当たりにして、同じようにならないために明治維新を断行し、瞬く間に中央集権国家を作り上げた。最近では、米国流のグローバリゼーションに制度を合わせる改革をひたむきに遂行してきた。しかしその結果、我が国の国民は幸せになったのであろうか。現在の都市と農村の格差、人びとの間の所得格差を目の当たりにする時に、どうも日本が本来有していた社会の価値観を再認識する必要があるように思えて仕方がない。
務台理作、フィヒテ、トインビー、エルギン伯爵といった先人の指摘も踏まえつつ、日本人が自らの本来の有り様を再評価してみることが意外に重要だと思えて仕方がない。そのことで、現在の日本が抱えている様々な問題に関する骨太の処方箋が見えてくるような気がしてならない。
自民党長野県第2選挙区支部長 務台俊介
*注 長野県第2選挙区の区域は松本市、安曇野市、大町市、長野市の一部(旧大岡村、豊野町、戸隠村、鬼無里村)、東筑摩郡(朝日村、生坂村、麻績村、波田町、山形村、筑北村)、北安曇郡(池田町、小谷村、白馬村、松川村)、上水内郡(飯綱町、小川村、信濃町、信州新町、中条村)です。区域の地図はこちらのリンクでご覧いただけます。
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