自由民主党

衆議院議員 むたい俊介オフィシャルサイト 長野2区 自民党
http://www.mutai-shunsuke.jp/

  • トップページ|Top page
  • プロフィール|Profile and career
  • 理念・政策|My policy
  • 講演・著作・論文|Lecture,writing,thesis
  • 活動報告|Activity report
  • 選挙区の状況|Constituency
  • 後援会のご案内|Supporter's association
  • リンク|Link
  • ご意見・お問い合わせ|Tell me your opinion

理念・政策・メッセージ

[印刷用ページはこちら]

2011.03.23

「日本政府の危機管理体制の懸念」


 3月上旬に米国連邦危機管理庁(FEMA)の元危機管理官レオ・ボスナー氏を米国から招いて横浜市と松本市で講演会を行った。日米両国の危機管理体制について造詣の深い同氏から、最近の米国危機管理の実態について興味深い話を伺った(注1)。


 ボスナー氏は、現在のFEMAの在り方に疑問を呈しつつ、「FEMAが成功するためには十分な資金、適切なリーダーシップ、そしてスタッフを持つことが重要だ」と指摘されていた。


 そして翻って、日本の災害対応について、「日本の災害対応の問題点は、災害対応資源の欠落ではなく、現実的な計画と災害対応全体を調整する機関の不存在」と指摘し、「阪神・淡路大震災に匹敵する大災害がまた起こることを想定した場合、国レベルにおいてより体系的に組織化され、より周到に準備された仕組みがあってしかるべき」と提言し、「日本政府が可能であれば日本版FEMAの様な組織を創設することを通じて、災害対応能力を改善し、強化する更なる努力を継続していくことを希望」と結んでいる。


 そして、ボスナー氏の講演の数日の3月11日に、東日本大震災が起きた。阪神大震災の1450倍の規模の想定外の巨大地震である。地震だけではなく、巨大津波、原子力災害がそれに続いた。これ以上ないというほどの災難が重なって起きた感がある。


 それに対応する政府の危機管理対応はどうであったか。


 私は、民主党政権下で、防災担当大臣が環境大臣と兼務により片手間で危機管理をやっているのでは、普段からの見識を磨けないし、いざという時に動けない、と指摘していた。政治主導を標榜する政権が危機管理という国家の役割をまじめに考えているかどうかの姿勢がそこに見えると指摘していた。結果として、発災後、全体の危機管理は、防災大臣ではなく超多忙の官房長官の役割になってしまった。そして国家機能全体に目配りをしなければならない官房長官は、災害対応にかかりつけになり、その他の重要案件は無視されるようなことになってしまった。これこそが国家機能の危機であると言わざるを得ない。


 政治主導を標榜する一方で、専門家集団である霞が関は、震災前は事業仕分けやら天下り批判で俎板の鯉状態。人員は大きく減り、予算も特に防災関係予算はそんなに減らしても大丈夫かと思うほど大胆に減らされた。


 そこを見透かされるように歴史的な災害がわが国を襲った。空回りする政治主導の下で霞が関はいわばグロッキー状態の指示待ち姿勢で災害対応に臨むことになった。


 茨城県庁総務部長としてJCO臨界事故を経験し、消防庁防災課長として様々な災害対応事案に臨んだ身からすると、今の政権の危機管理対応は歯がゆく見えて仕方がない。


 政府・自治体に防災対応要員が足りているのか。不眠・不休などという前近代的な仕事の仕方で国家の大事に臨んで大丈夫なのか。災害予備役制度により防災経験者などに臨時的に資格を与えて災害支援チームに組み込むことも考えられなければならない。実際に切歯扼腕している防災行政経験者は多い。


 全国知事会が、被災者支援に乗り出していることは心強いが、裏を返せば政府がそれだけ機能していないという証左に他ならない。全国知事会は厚生労働省が行うべき機能を代替している。厚生労働省の姿勢に問題があるということもさることながら、政治主導による官邸からの指示待ち姿勢に大きな機能不全の原因があるように思われる。


 私は、以前、冒頭に紹介したボスナー氏の書いた日本の防災体制についてのレポートを翻訳したことがある(注2)。その中で、ボスナー氏は、危機管理に関する日本の縦割り組織の弊害をスポーツのチームにたとえ,次のように形容している。


 1、「日本は災害に起因する問題を処理する技術的人的能力には事欠かない。病院や消防機関、政府機関、自衛隊、NGO、個人のボランティアともに意識の高い人々がおり、質の高い救急救助の設備施設が備わり、最新の電子機器による災害探知・警報システム が導入されており、危機管理の様々な局面に関して豊富な知識経験を有する多くの市民 がいる。しかしながら、これらの「能力」は分散し、一つの方向に統合されているとは 言えない。日本の危機管理責任者を見ていると、優秀な選手はいるものの、コーチもあ てがわれず、訓練も行われず、試合の組み立てもなく、戦略がないスポーツチームのように思える。こうした環境の中では、個人プレーヤーの能力が如何に高くとも試合に勝つことは極めて難しい。


 2、日本の場合は、米国と同様に、資源が豊かであり、災害緊急対応の遅れと課題は、資源 不足の問題からではなく、国と地方それぞれのレベルにおいて、活用できる資源をうまく 使いこなすことができるかどうかという、組織体制と意思決定能力の問題から生じている。


 このボスナー氏のレポートは今から10年近く前のレポートである。10年の間に、相当日本の防災体制は進歩したが、組織体制と意思決定能力の点に関しては、大きな進歩がないどころか、誤った政治主導の下でむしろその機能が劣化しているように思えるのは私だけであろうか。


 現在、政府は災害対応の真っただ中である。その政府に批判を加えて、事態をさらに悪化させることがあってはならない。しかし、我々は次の展開を見据えて、国家的危機管理によりよい体制で臨まなくてはならない。


(注1)
神奈川大学でのボスナー氏の公演の模様(ustream上でアップ)
http://bit.ly/dHVzzh


(注2)
消防科学総合センター発行「季刊 消防科学と情報」
No68「米国専門家が見た日本の危機管理」
http://bit.ly/fGbFJW


←戻る

▲ページTOPへ