〜「地方消費税」の背景にある財政理念〜
民主党の菅直人総理の経済ブレーンとして東大の神野直彦名誉教授が最近マスコミの話題にのぼることが多くなっている。
菅内閣が使っている「強い経済、強い財政、強い社会保障」という言葉は、神野教授に由来する言葉であると伝えられている。神野先生の著作である「財政学」(有斐閣)においては、「政府は社会全体の統合を目指す政治主体」であり、「政府、家計、企業という経済主体は、市場関係とともに財政関係で相互に結びつけられて、国民経済を形成する」と書かれていることからしても、「財政重視」の考え方が見て取れる。そしてその中核には消費税(そして地方消費税)の議論がある。
その神野教授が、2005年5月号の文芸春秋の記事の中で、その年の2月に先生が皇太子殿下にご進講された際、殿下がスウェーデンの教科書「あなた自身の社会」に掲載されているドロシー・ロー・ノルト女史の「子どもの詩」に聞き入っておられたという話をご紹介されておられた。
記事の中で神野教授は、日本の社会は今、凶悪な犯罪、麻薬、自殺、いじめなどの社会的病理現象に苛まれているが、その原因はコミュニティの崩壊にあると断じ、それは他者を敵として憎悪する市場経済の競争原理を、人間の社会のあらゆる領域に対して、野放図に適用した結果だと指摘されている。
神野教授は、スウェーデンの教科書「あなた自身の社会」では「子どもの詩」を掲げ、子供達に人間の秤、愛情、思いやり、連帯感、相互理解の重要性を考えさせているのに対し、効率のよい勝者が効率の悪い敗者を駆逐するから社会が発展すると信じられている日本では、人間が協力し合うよりも、他者を蹴落し、競争で勝者になることの大切さを子供達は教えられている、と嘆いておられる。
私も「あなた自身の社会」を神野教授に勧められて購入したが、子どもに社会の諸問題を自分の頭で考えさせる内容の読み物である。子どもに考えさせる材料を与え、決して教え込むということをしていない。自立性を重視する教科書である。
神野教授は記事の論評で、恩師の佐藤進先生(故人)のことに触れられている。私も佐藤先生のお葬式に参列し、その際に、弔辞を読み上げる神野教授は、佐藤先生が死を覚悟した置き手紙を残されたことに触れられ、「私の生命と希望、志が若い友人によって受け継がれていくことを願う」という言葉を涙ながらに紹介されておられた。
実は、佐藤先生は、神野教授とともに、私どもが事務方としてその創設に携わった地方消費税の理論面の恩師であった。佐藤先生の著書である「附加価値税論」に書かれている理論の確認と諸外国の地方税で消費型附加価値税が存在しないものかどうかを確認しに、目白の御自宅に初対面にも拘わらずお教えを請いに伺った我が若き時代を思い出す。地方消費税は平成6年度に制度化されたが、社会福祉や地方自治の財政基盤を担う重要な税源として、益々期待が高まっている。
地方消費税は佐藤進先生、神野直彦教授のお導きがあり、大きな産みの苦しみを経て出来あがった制度である。過去は現在に、そして未来に、人の絆を通じて繋がっていく。
そして、社会の統合機能を果たす財政の中核に、必ずや地方消費税が将来大きな位置を得られることを信じている。
(参考)
ドロシー・ロー・ノルト女史の「子どもの詩」
<子どもの詩>
批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる
殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる
笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる
皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる
しかし、激励をうけた 子どもは
自信をおぼえる
寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる
賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる
フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる
友情を知る 子どもは
親切を おぼえる
安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる
可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる
(「あなた自身の社会−スウェーデンの中学教科書」=新評論刊)
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