「英国の自治体経営を支える民間のノウハウの多様性と厚みに学ぶ」

 英国には、SOLACE(SocietyofLocalAuthorityChiefExecutivesandSeniorManagers)という自治体事務レベルの幹部職員が作っている団体がある。会員相互の情報共有を行い、仕事をしていく上で一種の圧力団体的な役割を果たす機能を持っている。戦略的意思決定をする立場にある自治体幹部職員の95%がSOLACEに加盟しており、政府の諸機関や自治体政策に影響を持つ様々な関係者とも密接な関係を有し、政府の各種委員会にもメンバーとして参加している。国会の上下両院とは毎年一度のレセプションを行い、SOLACEの総会も開催している。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにも支部がある。

 SOLACE Enterprisesという関連会社も作り、会員向けの研修講座も企画している。こうしていくことで幹部職員のスキルを高めていく。この会社は研修講座のほかにも、コンサルティング、教育指導なども手がけ、幅広い活動を行っている。IT関連企業などとも連携して公的セクターでの新規企画や共同企画も一緒に手がけている。更に、保険会社と契約し幹部職員向けの福利厚生も導入している。

 国会近くのウェストミンスターには図書館機能を有する事務所があり、会員は自由に利用できる。私もロンドン勤務の期間、何度か訪問する機会を得た。

 もちろんインターネット上で独自のホームページを運営し、毎週A4一枚の短い情報更新があり、2ヶ月に一度のニューズレターも発行している。幹部職員の皆さんが多忙な中で手短に共通関心事項を共有する手法も編み出している。

 SOLACE会長であるウェールズのカーディフ市の事務総長(ChiefExecutive)であるバイロン・デービス氏のお誘いを受けて、2007年10月に同市で開催された年次総会に出掛けたことがある。その際の総会のテーマは「Thinking Global Acting Local」というもので日本でも馴染みのある言葉であった。メイン会場での連続講演、そしてサブ会場でのセミナーが盛りだくさんで、内容も大変濃厚であった。データを駆使し、EU全体の中でどのような情勢変化が起きているのかを説明した首相府の幹部の話は特に興味を覚えた。OECDのLEEDフォーラム議長は、経済のボーダレス化の中で今後世界がどうなるかということに関して、「The Word is Flat」という見方と、「The World is Spiky」という二つの考え方を比較しながら、経済レジームは「平坦(flat)」になっていくけれどもその中での競争により結果は「でこぼこ(spiky)」になるので、地域のガバナンスがとても大事だという趣旨の話も印象的であった。

 議長のパワポの中に世界の主要国の今後の経済成長見込みの資料があった。中国、インドがもちろんトップグループだが、日本はなんと欧米先進国のそのまた下で最下位の地位にあった。OECDでは日本をそのように見ているということなのだ。政権交代後の経済不安の中で、我が国ではデフレが進み、事業仕分けにおける叩き合いの議論に代表されるような縮み志向により世界にアピールができていない日本の現状を振り返るとき、2年前のウェールズで垣間見たパワポを改めて思い出す。

 英国に特有な問題として、SOLACEの総会では移民問題も大きなテーマとして取り上げられていた。移民問題を当局の立場で考えるだけではなく、実際に移民として英国に移り住んできているポーランド人、レバノン人、中国人もパネリストとして質疑が行われた。若いポーランド人の2名のパネリストは、ポーランド人のコミュニティのためのwebsiteを立ち上げる支援活動を行っているとのことであった。

 ところで、私が驚いたのは、連続講演の内容もさることながら、総会会場に出展している協賛企業の多さと質の高さであった。50前後の企業・団体が展示スペースを出していた。英国のコンサルタント会社のほかに、FUJITSU、IBM、ZURICH MUNICIPALなどの大企業の展示もあった。私もいくつかの企業の説明を受けたが、英国の自治体経営が民間活力を導入していることの現場的な意味合いがよく理解できた。

 公的セクターの仕事が、民間企業の大きなビジネスチャンスになっている。事務の共同作業化とアウトソーシングの提案をしているCapitavertexなどは、次々に新しい企画を提案して非常に参考になる。

 Experianというコンサルタント会社は、様々なソースからの公的データをつなぎ合わせてデータベースを作り、各自治体ごとの地図上に所得階層別、人種別などの各種データを表示できるようにし、自治体が政策決定を打っていく上でのエビデンスデータを提供するサービスを行っている。

 LOCAL GOVERNMENT CHANNELというウェブサイト上のテレビも興味を引いた。地方自治体関係の情報をニュースやドキュメンタリーの形で政策編集し全国に流している。専門の美人キャスターもおり、とても洗練されている。SOLACE総会の模様も、早速インターネットのほか、ホテルのテレビでも見ることができるように手配されていた。

 英国の民営化の評価は様々であるが、これが刺激となって、新しい手法がどんどん出てきていることは事実である。SOLACEのメンバーに聞くと、自治体経営者の立場からは取りうる選択肢が増えて歓迎している、との声が強いように感じられた。自治体関係者の中には、アウトソーシングを機に自らが会社を設立したり、会社の幹部になったりして、これまで自分たちが行っていた仕事を民間人として受託し、以前の何倍もの給与を受けている人たちが沢山いる。

 英国と異なり地方公務員に身分保障がある日本は、アウトソーシングでその人の仕事がなくなっても仕事を変えて組織内で抱え込むことが殆どだが、英国ではアウトソーシングにより職員が民間企業に移る。人員余剰(リダンダンシー)が生じるので当たり前、というのが英国の考えだ。その結果が新たなビジネスの隆盛に繋がっている。その一局面をSOLACEの展示の場で確認できた。もちろん克服すべき課題は山積しているが、英国でこの流れが逆流する兆候はありそうには思えなかった。

 面白かったのは、国の機関であるコミュニティ・地方自治省や監査院(Audit Commission)も出展していたことだ。民間企業と同列である。こちらでは、国も地方も民間も、お互いに同列のパートナーシップなのだというメッセージを感じさせる。

 日本の某シンクタンクが、Capitaなどの提供している仕組みを調査しに英国に来るという話を情報通の方から伺った。日本でもアウトソーシングが進んで行くのでしょうが、その受け皿となる体系だった機能があるようには思われない。公務員制度も今のままでアウトソーシングがうまく行くのかという問題もある。英国人の中には、「自治体に職員を抱えたままアウトソーシングをすると、二重のお金がかかるじゃないか」と言う人が多い。「若年者の採用抑制で定員削減を図っているのです」と答えると、決まって「それでは公務の能率が益々下がるだけですね」という返事が返ってくる。「天下り撲滅」のために年配の公務員を定年まで公務に抱え込む動きがあるが、公務能率の観点をどのように考えていくのか大いに議論が必要である。

 余談であるが、英国の自治体幹部の給料は非常に高いのには驚かされる。カウンティレベルの事務総長(Chief Executive)だと年収20万ポンド(3,000万円)はざらだ。戦略的地域経営には人材確保が重要で、そのためにはそれなりの処遇が必要だというのが英国の論理だ。英国では、自治体幹部は、様々な自治体で実績を積み、次々に新天地を求めて移動する人事が一般である。だからこそ、お互いの連絡を密にし、新政策に目を光らせ、SOLACEのような機能集団を作り、一種の自治体経営エリート集団を形成している。

 英国の自治体経営の現状とそれを取り巻く民間のノウハウの多様性と厚みに我が国も大いに触発されるべきである。


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