3年ほど前になるが、藤沢市に出来たばかりの「COCO湘南たかくら」という入居人員10名のグループリビングの実例を視察する機会があった。グループリビングとは、一般的には「高齢者自身が、高齢化による身体機能の低下と一人暮らしの孤独や不安を考慮し、従来家族が行ってきた調理や掃除、食事を共にするといった家族の無償の行為を共同化・合理化して、共に住まう居住形態」、と定義されている。その特徴は、共同で家族的な雰囲気の生活から加齢による身体機能の低下を補うことができ、施設に居住したまま、介護保険の在宅サービスの利用も可能というものだ。
訪問して得た第1印象は、これは福祉施設ではない、という印象であった。25uの個人の居住空間には、個人用のトイレ、洗面所、小さな炊事場、クローゼットがあり、高齢者がひとりで暮らすにはほぼ十分な機能が備わっていた。共用スペースは、キッチン、風呂、ベランダ、居間などくつろげる環境が用意されていた。
その上で、入居者は、それぞれがプライバシーが守られた上で、共同生活を営むに当たっての、会計事務、戸締まり、ゴミ捨て、新聞など資源ゴミの排出といった役割が個々人に割り当てられており、月一回のミーティングで、皆で運営の在り方を議論し、自主運営を行っているというものだ。ミーティングの結果は、プリントにして回覧している。
こうした役割が与えられていることで、社会生活にコミットしている意識が生まれ、皆さん元気が続いているということであった。
「COCO湘南たかくら」の入居人員の10名の内訳は男性が2名、女性が8名。入居時に入居分担金を370万円支払い、月々137,000円の生活費(家賃、昼・夕食費、共益費、家事契約費)を負担する。食事は朝食を除き、外部委託の方が、厨房で調理を行う。
有料老人ホームと違うのは、福祉サービスを受けるのではなく、自分たちで役割を分担しながら、共同で老後の生活を支え合って生きていくということだ。この施設を運営するNPO法人「COCO湘南」の理念は、「自立と共生」である。
付近には、病院やスーパーなどもあり、緊急時の連絡体制も整っており、入居者の安心度はとても高い。
訪問の際に、入居者の皆さんとリビングルームで話をした。全員が単身者。60歳代後半から80歳代の方まで、いろんな方がおられる。皆様異口同音におっしゃったのは、「一人暮らしはとても不安。常に戸締まり、火の始末、孤独感に苛まれてきた。防犯に対する心配が一人暮らしは大変。ここに来て、そういう不安から開放された。」という声であった。
お互いに支え合っているので、いつでも自由に外出も出来る。中には、外で仕事をしており、あたかも下宿のように部屋を使い、遅く帰っても、皆の目が行き届いており、安心してやりたいことが出来るとおっしゃった老齢のご婦人もおられた。
函館からこの施設の設置理念に共鳴して入居を望んだという男性入居者は、「70歳になって独身高齢者として将来の不安を感じた。一人で全てをやることはこれからは困難になる。集団生活の中に身を置き役割分担を担うことで、かえって自分にとって自由な時間が出来、自分のやりたいことが出来る。ここに来て自由度が増した。」という感想を語っておられた。彼は施設の数少ない男性入居者として女性入居者から頼りにされ、得意の野菜作り、ガーデニングの能力も有り難がられ、施設の重要な戦力となっている。
ある老齢のご婦人に、老齢の夫婦で入りたい人がいるのでは、と水を向けると、「それは周りがやりにくいわね。入るなら、少なくとも夫婦で別室という入居形態をお願いしなければ」とおっしゃっておられた。夫婦だとどちらかに頼る傾向が出て他の人との関係でアンバランスが出るのか、或いは、やはり、単身者から見ると夫婦は全体の雰囲気を乱すということなのか、微妙な気持ちの機微を感じた。
入居者の皆さんは、老齢ではあるがとても論理明快な話をされ、出来るだけ公の世話にはならず自立して生きていきたいとの、一種の矜持があるように見受けられた。「自由が束縛されないのがこの施設が気に入った理由」という声がとても多い印象を受けた。
このNPOの理事長は、やはり高齢者で、別のグループリビングにお住まいの方であった。「自立と共生」の理念を掲げ、この人の元ならば大丈夫だという安心感を与えている。NPOに対しては、信頼性の面で、本当に大丈夫だろうかという疑念が出始めているが、この理事長ならば大丈夫だという安心感を入居者の皆さんが懐いておられた。
本当は、こうした施設の運営主体に関しての格付けなどが適切に行われる仕組みに対する公の関与が必要であると思われる。「COCO湘南」では、施設整備の段階から市の広報などを通じ、広く周知し、入居希望者と十分に話し合い、面接をし、入居優先度、相性などを総合的に勘案し、入居者を決定してきたそうだ。
施設は自主運営なので、とても素晴らしいアイデアが生まれ始めている。その一つに、「バスメイト」、「ベルメイト」という仕組みがある。高齢なので、風呂場で事故がありうるということで、2-3人のグループで一緒に風呂に入るのだそうだ。話も弾み、安心が担保出来きる。「ベルメイト」は、気分が悪くなったときなどに、トイレや枕元に取り付けてあるボタンを押すと、連絡しあえる仕組みだ。常に連絡を取り合える組み合わせを予め作っておき、安心を確認しあうということだ。スキューバダイビングでいう、「バディ」を日常生活に取り入れているようなものだ。この施設には電波が40メートル届く無線機が備わっている。
加齢に伴い、日常生活に必要なものは本当に限られて来る。体力、気力が衰えてくる中で、高齢者同士が支え合う生活の形態を模索する営みが進んでいる。居住形態でのコンパクト化の一例だと思う。更に言えば、都市部、過疎地を問わず、コンパクトシティーを追求する動きが出ています。一定の地域に日常生活に必要なものを集中し、資源の節約を行うという動きだ。ミクロマクロのそれぞれのレベルで、各地域で、少子高齢化時代に即応した動きが始まっていることを肌で感じる。
江戸時代の、「長屋生活」というのが、ひょっとしたら、現代のグループリビングの原型なのかも知れない。人々の智恵は、必要に迫られれば何れの時代でも自ずから沸いてくるものだ。福祉分野にも地域の知恵が各地にふんだんに存在する。
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