「母校の学校犬クロの記憶と映画の再発見」

 2026年は、私の母校である松本深志高校の創立150周年にあたります。現在、様々な記念行事が行われており、その一環として「松本映画祭」と銘打ち、同窓生が何らかの形で関わった映画の上映が企画されています。私はこの間、同窓生である熊井啓監督の作品『黒部の太陽』、松岡錠司監督の『さよなら、クロ』を鑑賞しました。『黒部の太陽』は広く知られた名作であり、改めて解説するまでもありませんが、『さよなら、クロ』には胸を打たれました。
 『さよなら、クロ』は、松本深志高校に1960年(昭和35年)から1972年(昭和47年)まで実際に住みついた野良犬クロの実話をもとに、心温まる青春ドラマとして仕立てられた作品です。私自身、深志高校に入学した際にクロと接した経験があり、映画を通じて青春時代の記憶がよみがえりました。
 妻夫木聡・伊藤歩主演の映画は、物語上のフィクションも多く含まれているため内容の詳細には触れませんが、松本深志高校をロケ地として活用した場面の時代考証は極めて正確でした。
 以下に、私が知るクロの実像を整理します。

■ 来歴と在校期間
・1960年夏頃に深志高校へ迷い込む
・以後約12年間、学校に住みつく(校用技師室が住所として登録)
・1972年(昭和47年)11月30日、悪性腫瘍で死去

■ 職員名簿に掲載
・氏名:クロ
・住所:松本深志高等学校 校用技師室
・役職:番犬(正式に職員名簿に記載)

■ 授業・校内での行動
・授業についてきて、教壇の上に座って授業を聞くこともあった
・昼休みは生徒と校庭を走り回る
・夜間は当直教員と校舎の巡視を行う
・深志の生徒と他校の生徒を見分ける能力があったと記録されている(他校生が来ると吠える)
・とんぼ祭(文化祭)では、西郷隆盛像の犬役の張りぼてが間に合わず、クロが代役を務めて拍手喝采を浴びた

■ クロの子どもたち
・化学室の縁の下が出産場所
・一度に7匹産んだ記録がある
・子犬を1匹ずつ人に慣らしては戻すという行動を繰り返した

■ 病気と最期
・1972年6月:重い病気にかかる
・校友・生徒によるカンパで治療費が集まり、いったん回復
・同年11月30日、悪性腫瘍で死去
・翌12月1日、講堂で学校葬(「クロを送る会」)が行われ、校長が弔辞を読み、校歌斉唱で見送られた

 この映画の原案となったのは、当時国語科教員であった藤岡改造先生が著した『職員会議に出た犬・クロ』(郷土出版社)です。深志同窓会公式サイトにも「学校犬 クロ」が掲載され、同窓会誌でも「第91号 深志のクロ」が刊行されています。
 藤岡先生は現在もご健在で、103歳の長寿を重ねておられます。先生が愛情を込めて記録したクロは、単なる飼い犬ではなく、生徒・教員・地域が共同で育てた“校友”であり、深志高校の自由で大らかな校風の象徴でした。
 私自身、在校生としてクロと接した日々を記憶していますが、映画を通して改めてその存在の大きさを当時以上に感じるのは、不思議な感覚です。
 振り返れば、当時のキャンパスにおけるクロの存在は、現代にも生かし得るものです。クロは深志高校の自由な雰囲気の象徴であり、癒しの存在でした。当時は狂犬病予防の観点から野犬狩りが盛んで、放し飼いの犬の存在は微妙な時期にあったはずですが、それでも歴代校長はリスクを乗り越え、クロの飼い主として学校長を登録しました。
 半世紀以上を経た今、クロが歩んだ歴史は、スクールドッグとして学校に犬の役割を導入する動きにもつながっています。もちろん、安全対策を適切に講じた上での取り組みです。
 古希を過ぎ、私自身がスーというシーズー犬との日常を享受する年代を迎え、当時クロが果たした役割を、当時以上に深く噛みしめているところです。

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