「ロシアの構造的侵略性とウクライナの安全保障」
〜グレンコ氏講演を踏まえて〜

 8月24日のウクライナ独立記念日を翌日に控えた夜、ウクライナ出身の国際政治学者グレンコ・アンドリー氏の講演を聴きながら、私は改めてウクライナとロシアの関係の長い歩みを思い返していました。グレンコ氏とは、2025年2月にキーウを訪れた際に直接レクチャーを受けたご縁があり、今回の講演もその延長線上で深い示唆を与えてくれるものでした。穏やかな語り口の中に、ロシアの国家構造が抱える「侵略性の持続」という厳しい現実が静かに示され、ウクライナ独立後の35年間がどのような構造の上に積み重なってきたのかを、改めて考えさせられました。

 1991年のソ連崩壊とともにウクライナが独立して以降、両国関係は「主権を確立したいウクライナ」と「ウクライナを勢力圏に戻したいロシア」の間で揺れ続けてきました。ロシアは独立を形式的には認めつつも、政治・経済・軍事・文化の各分野で影響力を保とうとし、黒海艦隊問題やガス紛争などが繰り返されました。2004年のオレンジ革命は、ウクライナが欧州化・民主化へと大きく舵を切る転換点となり、ロシアは情報戦や政治工作を強めました。2013年のEU連合協定をめぐる対立、2014年のマイダン革命を経て、クリミア併合とドンバス介入へとつながり、両国関係は事実上の戦争状態へと突入しました。

 2014年以降、ウクライナでは国家意識が急速に強まり、ロシア語話者を含む多くの市民が「ウクライナ人」としてのアイデンティティを明確にするようになりました。一方ロシアでは、プーチン大統領が2021年の論文で「ウクライナはロシア民族の一部であり、独立は人工的なものだ」と主張し、ウクライナ主権そのものを否定する姿勢を公式化しました。2022年の全面侵攻は、この長い構造的対立の延長線上にある出来事だと広く分析されています。

 講演の中でグレンコ氏は、ロシアの侵略性は指導者の個性ではなく、治安警察支配の国家構造そのものに根ざしていると語っていました。プーチン大統領はその傾向を強化したに過ぎず、構造が変わらない限り侵略は繰り返されるという見立てです。そのため氏は、ウクライナが真に安全を確保するためには、ロシアの侵略能力を構造的に削ぐ必要があると主張します。これが「MRSA(Make Russia Small Again)」という考え方で、ロシアを民族構成や地域的まとまりに応じて分割し、巨大な中央集権国家としての軍事力を縮小させるべきだというものです。刺激的な提案ではありますが、ウクライナ独立後の歴史を振り返ると、その背景にある論理は理解しやすいものだと感じました。

 また氏は、米国の政治状況にも触れ、トランプ大統領のもとではウクライナ支援が縮小される可能性が高く、ウクライナは「米国抜き」でロシアに対抗する戦略を構築する必要があると指摘しました。これは欧州諸国の防衛力強化、NATO内部の役割再編、ウクライナ自身の軍事産業の拡充など、多くの課題を含んでいます。ウクライナの勝利は単なる戦場での勝利ではなく、ロシアの侵略能力を長期的に抑える国際秩序の再構築につながるものであり、広い視野での協力が求められます。

 講演を聴きながら、日本の立場についても考えさせられました。日本は地理的には遠く離れていますが、ロシアという隣国を持つ点で欧州と安全保障上の課題を共有しています。欧州と歩調を合わせた経済制裁や技術輸出管理の継続、ウクライナ復興支援への積極的な参加、NATOとの対話強化、ロシア国内の多元化を見据えた外交など、日本が取り得る選択肢は少なくありません。また、ウクライナ戦争は北方領土問題や極東の安全保障環境ともつながっており、日本自身の安全保障を考えるうえでも無関係ではないと感じます。

 ウクライナ独立後の35年間は、ロシアの勢力圏支配とウクライナの主権確立がぶつかり続けた歴史でした。グレンコ氏の講演は、その構造的対立を丁寧に解きほぐし、ロシアの国家構造そのものを見直さなければ侵略は終わらないという現実を示していました。日本にとっても、これは遠い国の話ではありません。ウクライナの勝利と欧州の安全保障秩序の再構築にどう関わるかは、極東における日本自身の安全保障にもつながります。

 独立記念日の前夜にこの講演を聴いたことは、ウクライナの歩みを理解するだけでなく、日本の立ち位置を考える大切な機会となりました。

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