「10年を経た熊本地震に臨む立場」
〜経験の再現と進化〜

 熊本地震の発災から4日後の8月1日から3日まで、7月31日の九州新幹線の復旧を確認し、FDAで松本空港から福岡空港に飛び、九州新幹線で博多駅から熊本駅へ向かう活動を行いました。まるで10年前の熊本地震時の対応が再現したかのような感覚に襲われました。

 当時、長野市豊野に本社を置くカンバーランドジャパンの原田社長と組み、同社製のトレーラーハウスを益城町に持ち込む支援を行いました。大きな建物被害を受けた益城町の被災者支援を迅速に進めるための行動でした。当時も熊本県庁、熊本市役所、益城町を訪問し、トレーラーハウスの早期投入を促した記憶があります。その後、この対応を進化させ、能登半島地震の際には、より迅速な対応を実現しました。この時は真冬でした。

 今回は真夏の対応で、水道途絶、電源喪失という深刻な状況の中、当時に比べて手厚くなったトレーラーハウスの民間備蓄を生かし、さらに自然水利を活用した浄水器システム、高性能蓄電池の導入という付加価値を備えた災害対応ソリューションを熊本県庁や被災自治体に提示しました。

 熊本県庁を訪れた際、担当者は「内閣府の意見を伺いながら慎重に検討したい」という反応でした。10年前のトレーラーハウス導入の経験は、現在の熊本県庁には十分に引き継がれていないように感じられました。目先の対応に追われ、人手不足に苦しむ現場の疲弊が言葉の端々に滲んでいました。

 大きな被害が生じている八代市の小野泰輔市長は、元々熊本県副知事として熊本地震に遭遇し、私とは党派は異なりながらも代議士として一時期を共にした経緯もあり、政治家としての本音を語ってくれました。事務方が制度運用の難しさを理由にトレーラーハウス導入に慎重であることを率直に明かしつつ、市長としては「役所の立場ではなく被災者の立場に立って、トレーラーハウスの導入や浄水器の設置を進めたい」と明言されました。そしてその日の午後から、八代市の担当部長とカンバーランドジャパン原田社長との具体的協議が始まりました。

 機動力のあるトレーラーハウスは、仮設住宅の設置に比べ費用面でも安価で、不要になれば別の場所へ移動が可能です。プライバシーも守られ、風呂も冷蔵庫も備わり、酷暑で体力的にも精神的にも追い詰められている被災者にとっては、まさに干天の慈雨のような存在です。その普及が遅れているのは、この仕組みの導入を促す制度設計が十分に整っていない政治の責任と言ってもよいのかもしれません。

 実は、この優れたトレーラーハウスはウクライナ復興支援にも展開されることが決まっています。経済産業省の助成を受け、ロシアによる攻撃で甚大な被害を受けているウクライナの被災者向けに、浄水器付きトレーラーハウスをモデル事業として送ることが決定しています。

 私も合同会社「防災制度運用研究会」を通じてこのプロジェクトに関与しています。2025年2月にウクライナのキーウ市を訪問して以来、このプロジェクトを進めてきました。私自身が蓄積してきた災害対応ノウハウを、被災地での累次の経験を踏まえて海外にも展開し、技術の進展に合わせてさらに付加価値のある機能(浄水器や蓄電池など)を加えていく??そんな取り組みを積み重ねています。

 熊本地震→能登半島地震→熊本地震と歴史は繰り返します。そして、防災対応をウクライナ復興支援にも生かそうとする中で、自分自身が「Been there done that」とも言うべき経験を活かしているという思いを強くしています。この言葉は英語の慣用句で、直訳すれば「そこに行ったことがある、やったことがある」という意味ですが、単なる経験談ではなく、経験済みであるゆえに次はより良くできるという含意があると私は考えています。

 これからも、災害現場の実態と技術の進歩を着実に取り入れ、我が国と世界の災害対応の強靭性を高めるために努力して参りたいと考えています。

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