「第51回衆議院選挙が示した転換点」
〜国際環境の緊迫化と有権者の選択〜

 2月8日に実施された第51回衆議院選挙の結果が明らかになりました。自民党は465議席中316議席を獲得し、単独で3分の2を超える勢力となりました。これは戦後最多の議席数であり、総選挙直前に立憲民主党と公明党が結成した「中道改革連合」は49議席にとどまる結果となりました。

 長野県でも、これまでリベラル色が強いとされてきた政治風土が一変し、5つの小選挙区すべてを自民党が制しました。野党の比例復活も許さない圧勝であり、私が関わる長野2区でも、全国的な高市人気の追い風を受けて大きな支持を得ることができました。私自身6回の衆議院選挙を経験してきましたが、これほど強い追い風を実感した選挙は初めてです。

 本来であれば、立憲・共産・社民に加えて公明党も野党側に回り、事実上の「野党統一候補」が成立し、他方で、保守側は自民・維新・参政の三分裂する中で、従来の構図からすれば野党側が有利と見られていました。しかし、そこに高市旋風が吹き抜けました。

 その背景には、公明党が自民党と決別したことで、自民党がこれまで抑制してきた保守色を前面に出せるようになり、離れていた保守層が戻ってきたことがあります。また、「比例は公明党」と呼びかける必要がなくなり、陣営の訴求が明確になったことも大きかったと言えます。

 一方の野党側は、公明党の主張を取り込み中道路線へと軸足を移したことで、左派政党の支持者が納得せず、「投票はするが選挙運動はしない」という空気が広がりました。結果として野党側の運動量が大きく落ち込み、長野2区でも野党候補は十分な集会すら開けない状況となりました。これまで特に共産党組織に依存してきた選挙運動が機能しなかったことがうかがえます。

 さらに、候補者の比較も明確でした。自民党候補は35歳の若く能力の高い女性。一方、野党候補は約30年活動を続けてきた70歳のベテランで、知名度はあるものの実績への疑問やマンネリ感が否めませんでした。このコントラストも有権者の判断に影響したと考えられます。

 海外メディアもこの選挙区に注目していました。ニューヨーク・タイムズ紙が、妊娠中に立候補した自民党候補を「Upending(覆す)」という見出しで取り上げたことは象徴的です。

 私が思うに、今回の選挙結果の背景には、国際情勢の急激な変化があるように感じます。中国政府は拡張主義を強め、台湾、南シナ海、東シナ海、さらには尖閣諸島や沖縄にまで領有権を主張し、力による現状変更を試みています。日本国内には、こうした動きに対する不安、不満、もどかしさが蓄積していました。

 その中で、高市総理が国会答弁で野党質問に答える形で、さらりと台湾有事に関する常識的な見解を述べたところ、中国政府が過剰とも言える反応を示し、日本への批判や圧力を強めました。そうした状況に屈せず毅然とした姿勢を示す高市総理に対し、有権者が頼もしさを感じたことは想像に難くありません。一方、野党側は中国政府の要求に沿う形で総理に発言撤回を求めるなど、国際情勢への向き合い方に大きな差が見られました。

 こうした国内外の要因が重なり、今回の選挙結果が形づくられたと考えています。戦後80年を迎える日本が、新たな国際環境の中で、今回の選挙を契機により主体的で清新な国家の進路を歩み始めることを期待しています。

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