1. 調査の背景と目的
2025年2月のウクライナ訪問、5月のスイス訪問に続き、11月12日から15日までイスラエルを訪問し、避難施設・シェルター事情を調査しました。イスラエルは建国以来、周辺国との緊張関係やテロの脅威にさらされており、国民保護を国家存立の基盤と位置づけています。今回の調査では、公共交通、医療施設、産業企業、国防軍、電力会社、防衛研究所など多方面からシェルター整備の実態を確認しました。
2. 都市交通と避難輸送の可能性
・観察: テルアビブ市内ではバスと自転車が目立ち、バス専用レーンや電動キックボードの走行も盛ん。公共交通の存在感が強い。
・政策的背景: イスラエル政府は交通渋滞緩和・環境負荷軽減を目的に公共交通優先政策を推進。バス専用レーンや信号優先システムが導入されている。
・示唆: 平時から多数のバスを運行することで、緊急時の避難輸送体制を自然に維持している可能性がある。公式資料では直接的な「避難訓練」とは明記されていないが、冗長性が安全保障に資することは合理的に考えられる。
3. 医療インフラの強靭化 ― Rambam地下病院
・施設概要: ハイファのRambam Health Care Campusに所在する Sammy Ofer Fortified Underground Emergency Hospital (FUEH) は、2014年開設の世界最大級の強化地下病院。
・構造: 地下3階、各階約20,000u。平時は1,500台以上収容の駐車場、有事には約2,000床の病院へ72時間以内に転換可能。
・機能: 電力・水・酸素・食料を自給し、化学・生物兵器対応の除染機能を備える。手術室、分娩室、ICU、透析センター、除染センターを完備。
・活用事例: COVID-19治療センターとして稼働。「鉄の剣」作戦では海軍兵士350名が15時間で立ち上げ支援を完了。
・背景: 第二次レバノン戦争(2006年)の教訓から構想。国家的戦略資産として北部医療の継続性を担保。
4. Safe RoomとBeth-El Groupの技術
・Safe Room制度: 1991年湾岸戦争後、新築住宅への設置が義務化。各戸(Mamad)、各階(Mamak)、施設(Mamach)単位で堅牢な退避空間を確保。
・Beth-El Group: 1974年キブツ発祥の企業。NBC防護換気システム、医療用IsoArk、産業フィルタ、食品事業などを展開。107か国以上に輸出。
・技術の特徴: Safe Roomに換気装置を導入し、短時間で避難可能・費用効率的な防護を実現。ホテルや高層ビルにも設置例あり。
・日本との関係: 福島県や舞鶴の病院で導入実績。三菱重工との連携も進行中。
5. 新技術の挑戦 ― muon×AI×SARによる地震予知
・AstroTeq.ai: 宇宙線ミューオンの観測データをAIで解析し、地震予知の可能性を探求。
・SAR併用: 合成開口レーダーにより地殻変動や建造物の変形を高精度に検出。
・展開: トルコ・メキシコで実証、日本の損保会社とも連携開始。
・評価: 科学的には「可能性拡大中だが、実用化には課題が残る」とされる。政策導入には慎重な検証が必要。
6. Home Front Command(HFC)の制度と基準
・沿革: 1951年に公的施設へのシェルター設置義務化。1972年に市民住宅への設置義務化。1991年湾岸戦争後にSafe Room制度を導入。
・活動: シェルター基準を策定し、実際にミサイル投下実験を行い性能を検証。女性兵士も多く参加し、教育訓練を通じて国民防護を徹底。
・成果: アイアンドーム迎撃とシェルター退避の組み合わせにより、市民犠牲を最小化し経済活動を維持。
7. 民間技術と国防の融合
・DDR&D: 防衛研究所が民間技術を積極的に国防に導入。アイアンドームやアイアンビームを開発。
・事例: 山火事早期発見ドローン、原子力施設防護、新素材によるシェルター強化など。
・効果: 国防と経済が相互刺激し、技術進歩と国家存立基盤を強化する「Defense Ecosystem」が形成。
8. 日本への示唆
・医療継続性: Rambamの「駐車場兼病院」モデルは都市部病院の用地制約に適合し得る。
・住宅安全室: Mamad制度に倣い、各戸安全室の設置基準を国内建築法に組み込む検討が必要。
・CBRN換気: Beth-Elの技術を参考に、病院・介護施設への後付け換気システム普及と国内製造体制の構築が望ましい。
・新技術実証: muon×AI×SARはPoCを段階的に進め、誤警報・的中率・社会受容を評価した上で導入を検討すべき。
総括
イスラエルの事例は「国家存立=国民保護」という原則を徹底したものです。日本は原爆や災害の経験を持ちながら、制度化・技術導入が遅れています。今回の調査により、日本の安全保障政策における「国民保護の再設計」の必要性の示唆を強く受けました。
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