「付加価値税を関税と同視する米国(租税理論を無視し恫喝する米国)」

 トランプ大統領が発動した相互関税政策は、世界中を混乱の渦に巻き込んでいます。自由貿易体制を保護主義の世界に戻す暴挙とされていますが、この原案は、トランプ政権のピーター・ナバロ大統領上級顧問(貿易・製造業担当)によって立案されていると報道されています。ナバロ氏自身は米国製造業復活を目指す著名な経済学者でありその主張にはそれなりの理屈があるということも理解はできます。

 しかしナバロ氏の主張を政策として打ち出すトランプ大統領の手法には常軌を逸したものがあります。さしたる根拠もないのにまるで判決を下す裁判官のように、いきなり高率関税を世界中に押し付け、それに怯む国から大幅な譲歩を引き出そうとし、米国の要求を拒み報復関税で応じる国にはさらに効率な関税を上乗せし脅すという、因縁をつけて相手から金品を巻き上げるマフィア顔負けの手法を世界一の超大国が平気で行う姿勢は、驚きを感じえません。

 こうした手法は、中国の戦狼外交の手法(中国は大国だ。あなた方は小国だ。それが事実だ)とそうは変わりません。世界中に実況放映されたカメラの前で、ゼレンスキー大統領に米国への感謝の気持ちの表明を強要したトランプ・バンスの手法も重ね合わせると、今の米国は、正義感や道徳感、弱者に対する敬意、思いやりなどの伝統的価値観をかなぐり捨て、ひたすら米国の経済的利益を貪り求める姿に変わり果て、世界の常識ある人々は呆れて見ていると思います。

 さしたる根拠がないという点に関し、世界で導入されている消費型付加価値税(日本の消費税もそうですが)に関しても、米国サイドの主張には伝統的租税理論から見て受け入れられない主張があります。私も、役所の課長補佐時代に地方消費税の創設に従事した際に、消費型付加価値税の理論についてしっかりと学んだ思い出があります。

 日本の消費税もそうですが、世界で導入されている消費型付加価値税は、仕向け地主義が適用され、製品の輸出の時点でその製品が流通過程で課税された累積の付加価値税が還付されることになります。これは製品の輸出先で、輸出元の税の負担が転嫁されたままだと、輸出先で価格競争力が落ちるので、輸出の際に税が還付される取り扱いになります。そして相手国が輸入した際に、その国の税制度で課税されることになり、その国製の製品と同一条件で販売されることになるのです。このことは、租税の中立性を求める税理論上の当然の結果なのですが、実は連邦レベルでの消費型付加価値税が存在しない米国は、米国の製品が相手国で付加価値税を課税されるのに、外国から米国に輸入される車は、輸出の際に税金還付を受け米国に輸入した際には付加価値税のない米国は課税できないのは不公平だと問題にしているのです。それが問題だと考えるのであれば、米国で付加価値税を導入すれ良いのですが、それは議論にはなりません。

 トランプ大統領がそのことを分かって言っているのか否かはわかりませんが、これだけ問題が大きくなると、ひょっとしたら、輸出税額還付については、税理論を曲げても見直すことが政治的に迫られるのかもしれません。

 この点について、私の役所の後輩である千葉経済大学特任教授吉田悦教氏がトランプ相互関税の背景にある米国の理屈についてレポートをしてくれました。以下は、吉田悦教氏のレポートです。少し、難しい中身もありますが、辛抱強くお読みください。米国の素朴な問題意識は良くわかります。しかし、租税理論的には国際的に通用しないものだと思われます。ともかくも、身勝手な理屈で一方的に相互関税を課してくる国、これが今の米国なのです。

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〇先日、米国の相互関税の詳細が発表されましたが、そのなかで、「米国は外国製の自動車に2.5%の関税を課していた。欧州連合(EU)は我々に10%の関税を要求し、20%のVATも上乗せする。」と付加価値税(VAT)を関税とみなすような発言がありました。これ自体は、既に今年の2月に表明されていた「付加価値税(VAT)制度を運用する国々を対米関税賦課国と同列にみなし、相互関税を適用する」との見解に沿ったものです。
〇これについて、付加価値税のない米国の省庁や議会では、かなり以前から「各国の採用する付加価値税は関税と同じ役割を果たしているがゆえに,付加価値税を採用していない米国は貿易上の損失を被っているというのが米国の認識の根幹にある」(岩本沙弓(2015) 「5通商的側面から考える消費税・付加価値税 - 米公文書からの考察-」日本租税理論学会『租税理論研修叢書25国際課税の新展開』pp.90-102 財経詳報社 )という指摘がありますので、今回の投稿で紹介するものです。
〇この論文のなかで岩本大阪経済大学客員教授(当時)は以下のような米国の省庁や議会の公文書を紹介しています。
・当時から米国が問題視していたのは付加価値税に付随する還付制度の存在である。ちなみに、米公文書ではrefund(還付)より、販売奨励金・補助金(rebate)という単語の使用頻度が圧倒的に多い。リベートが付加価値税を通じていかに当該企業に渡されており、いかに米国が被害を受けているか、2000年の米下院委員会で取り沙汰されている。A国で製品を作る輸出企業は一般的に、その製品が海外に輸出される際に15%のリベートを受け取る。逆に,全米製造業協会の1万4千会員の80%にあたる輸出をしている企業には、米国から輸出されてもリベートを受け取っていない。その代わり,A国に製品が輸出されるとA国の付加価値税15%が課税されてしまう。
・付加価値税採用国では輸出へリベートの存在があり、輸入には課税される結果,付加価値税を採用していない米国は輸出・輸入両方で損失を被ることになる。現在,この付加価値税によるリベートに関して、米国が最も問題視しているのはアジアで最高の付加価値税率17%を設定している中国である。
・米通商 代表部(USTR)は毎年「外国貿易障壁報告書」を発表しており、その中では各国の貿易障壁に該当するものの分析をしている。2013年の同報告書では付加価値税は非関税障壁として中国の分析に登場している。「中国は第二リン酸アンモニウム肥料(DAP)を除く全てのリン酸肥料について付加価値税の免除をしている。米国が中国へと輸出している製品DAPは、中国で生産されている他のリン酸肥料、特に第一リン酸アンモニウム肥料と競合している。米国政府と米生産者は,中国国内の肥料生産者の便益ため中国が付加価値税政策を利用していると訴えている。」、「流通ラインで考えた場合,最終製品を組立てる中国企業はその完成品を輸出する際,多額の付加価値税による還付を受けることでメリットを享受している。」
・実際の米国の国際貿易における付加価値税・消費税による実損について、前出の米国中小企業庁は報告書内で3273億9944万3611ドル(2006年,1ドル119円換算で約39兆円)との試算も計上している。
・米国の省庁あるいは議会を含め、付加価値税・消費税はリベートの存在が問題視され、通商面からすれば非関税障壁の働きをしているとの前提で、実際に不利益を被っているとの認識があることが確認できよう。
〇最後に、(吉田氏の)私見ですが、付加価値税の輸出の際の還付を、現在の税理論では、輸出補助金、リベートと同視することは難しいと考えますが、理屈はともかく実際には、付加価値税の還付制度は、付加価値税そのものと併せて、米国が各国の付加価値税を非関税障壁と考える根拠の1つになっている可能性が高いと思います。

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