「岸田内閣の副大臣を経験して」

 2021年10月6日から2022年8月12日までの10か月余りの期間、岸田内閣で環境副大臣、内閣府原子力防災担当副大臣を務めさせて頂きました。この間、副大臣としての職責を全うするに際し、お支え頂いた関係者の皆様に心から感謝申し上げます。

 環境副大臣としては、地球温暖化対策、再エネ推進、循環型社会実現への対応、廃棄物対策、原発事故汚染土壌の除染・中間貯蔵対応、海洋プラスチック対策、熱中症対応などの所管事項を担い、政策を前に進める努力をしてまいりました。脱炭素対応に関しては、全国の47都道府県すべてを政務三役で手分け行脚する提案を行い、土日中心に半年をかけやり遂げました。環境省の政策の方向性を全国に知ってもらうとともに、各地の取り組みを政務が直接伺う機会となり、大いに得るところがありました。地方行脚を行う中で特に感じたことは、これからの環境政策は地域の振興に直結していくということです。特に再エネによる脱炭素政策は、確実に地域社会の資源の掘り起こしにつながります。その観点で環境政策を位置づける必要性を感じています。できれば、この全国行脚は、第二順、第三巡と繰り返してやって頂きたいと思います。6月末にリスボンで開催の国連海洋会議に政府代表として出席させて頂き、海洋プラスチック問題に関して発言をさせて頂けたことは得難い機会でした。

 内閣府原子力防災担当副大臣としては、原発事故が起こらないようにする対策や万が一の原発事故の際の避難誘導の万全を図るための対応を確認する担務を与えられました。女川原発の原子力防災訓練の際には、現地対策本部長として訓練に参加させて頂きました。現場の空気感を得るために全国の原発、原発関連施設立地地域を順に訪問してまいりました。玄海原発、女川原発、伊方原発、浜岡原発、東海第二原発、HTTR(高温工学試験研究炉)、青森県六ケ所村の核燃料サイクル施設の7施設を訪問し、近いうちに更に美浜原発、島根原発の視察が予定されていましたが、急な内閣改造でその予定は果たせなくなりました。

 環境副大臣、内閣府副大臣としての私の担務は、いずれも、我が国や世界の将来の社会の在り方に関わる極めて重い課題であり、その都度その都度に真剣に取り組んできたつもりです。これからも、重い立場を与えられ得られた知見を生かして、以上の行政課題について、政治的立場からしっかりと政策の前進を図って行きたいと考えています。

 それにしても、副大臣を経験して思ったことは、役所における政治家の役割は非常に大きいということです。政策の大小にかかわらず、決めるのは政治です。役所は選択肢を準備しますが、その選択肢が不十分であると政治家が判断するとそれ以外の選択肢の検討を要請します。役所からそれが上がってこないと外からのアイデアを求めます。最近はそういう事例が増えています。私自身も、副大臣を経験する中で、自民党での議論や直接民間人や学者から得た知見を役所に持ち込み、検討を依頼して政策に結び付けることが少なからずありました。

 出張を組む場合には、その手配、準備のために役所が周到な準備で臨むことも目の当たりにしました。国際会議への出張はその最たるものですが、国内の視察や会合のセットも周到な準備を行って頂き、省庁の皆様のご努力には敬意を表します。その意味では、正直なところ、あまり政務が無理を言ってはいけないと自戒する機会もありました。

 仕事に関連するテーマで、様々なセミナーや意見交換会に出席できたことも得難い経験になっています。経済界や研究者との意見交換会で最新の知見に触れることは、自分自身を成長させる機会ともなりました。霞が関は日本最大のシンクタンクと言われてきましたが、各省庁がそれぞれの行政分野で様々な情報を集め政策を作る過程は、やはり素晴らしいものだと実感します。政治家は、その機能を高めるように、そしてそれが独善に陥らないように、政策が正しい方向に向くように誘わなければなりません。

 代議士として国会に送り出して頂き、これまで政府の中で政務官、副大臣という高い立場を与えて頂いてきましたが、そこで得られた経験知見を自らの中で咀嚼し、国民生活がより良くなるようにさらに努力していかなければならないと決意している所存です。

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