〜スコットランドのあるコミュニティの取り組みに学ぶ〜
大幅な二酸化炭素排出量削減が国際的責務になっている。地球温暖化を防止するために人類として取り組まなければならない課題だ。我が国も、責務だから仕方なしに取り組むという考え方ではなく、その責務をビジネスチャンス、地域活性化のチャンスと捉えて、地域活性化戦略の一環として取り組む姿勢が求められる。
私は2008年4月に、スコットランドの西海岸に位置し、長い海岸線と多くの島々を擁しながらも人口は91,000人と少人数のアーガイル・アンド・ビュート(Argyll and Bute)を訪問する機会があった。その際に、地元のコミュニティ活動家のクリスティーナ・ノーブル女史のお話を伺うにつれ、彼の地にはこの問題に立ち向かうコミュニティレベルの底力が溢れているのを実感した。
ノーブルさんには、先ず地元のオイスター・バーに案内された。ファイン湖(LochFyne)という氷河が削ってできた汽水湖の畔にあるケルンドウ(Cairndow)という地域にあるこのレストランは、ノーブル女史のお兄さんのジョニー・ノーブルさんが創立したのだそうだ。残念なことにお亡くなりになったお兄さんは、美しく肥沃なこの湖の資源を活用し、カキ養殖を思い立ち、それが成功し全国のレストランに出荷するとともに、1988年にはこのケルンドウに元の牛小屋を改築しカキレストランを開いた。最高の品質を誇るここのカキは評判を呼び、Loch Fyne Restaurantsという名前のカキレストランが、今では英国全土に38店ある。
私もこのレストランでカキをいただいた、この新鮮な生ガキは、英国に来て最もおいしいと感じた料理であった。ノーブルさんにはカキとムール貝の養殖場も見せていただいたが、自然環境との調和を留意した気の遣いようが伝わってきた。
ノーブルさんの一族は、このように地場産業を振興し地域の経済的自立を目指すのに加え、地域の人々の活力を引き出すための仕掛けを組み立てていることもご紹介いただけた。「Here We Are:HWA」という組織を通じ、地域の人々の地域活動への参加を促し地域への誇りを作る活動をしている。HWAの活動を伺うと、目まぐるしく変化する現代社会の中で小さな農村のコミュニティが自分たちのよって立つ基盤を大切にしながら生き延びる術が示されているように思えてくる。
「Here We Are」というこの活動の名前自身が活動の理念を示している。「その地域にいる人々(people in a place)」こそが大事であり、地域の人びとの力を引き出すことこそが活動理念である。そのような理念に基づき始めた活動がなかなか面白い。先ず、地域の記録、写真、物語などを集めて地域の歴史を検証することから始めた。それにより現在までの地域の変化が分かり、次の段階として将来この地域をどのような姿に持っていきたいか考え始める、ということになる、と言うのだ。その次に、それを実現する手段を考える。その過程で、自分たちが本当に大事にすべき価値が何であるかを発見し、そのことが自分たちの祖先、そして自分自身がこれまで地域社会に対して貢献してきたことに対する自信と誇りを芽生えさせる、という発想の好循環を想定している。
実際にこのセンターを訪問すると、会議室のようなスペースは地域の昔を振り帰る写真で溢れていた。人びとの自分の故郷に寄せる温かい思いが伝わってくる。現在の暮らしを豊かにするための地域活動の種類もとても豊富だ。湖に生息する生物を集めた小さな水族館、市民講座、地元自治体の行政サービスの窓口機能など情報量がとても多い。ニューズレターもコミュニティ活動の楽しみを引き出すのに役立っている。これらの情報提供を行った上で、地域の人々には、コミュニティに必要なものは何か、自分の子供たちが先祖について何を知っているのかを、問いかけている。要は、主体的に考えてほしいということを言っているのだ。
HWAの更に凄いところは、地球的視野でコミュニティづくりを考えてしまっているところだ。それは、地球環境保全を地域コミュニティで考えるというものだ。その手法が奮っている。何と、エネルギーの自給。二酸化炭素排出を抑え地域でエネルギーを自給できないか、方策を探っている。太陽光発電、小規模水力発電などについてフィージビリティスタディーを行った末でたどり着いたのが、バイオマス発電であった。
たまたま地元に、レイクランド・スモルツ(Lakeland Smolts)というノルウェーの企業が鮭の孵化場を持っているが、HWAとの間で、温水供給に重油を使っていたのを木材チップに変えることに合意し、HWAによる地元産チップの安定供給が約束された。私たちも実際にこの孵化場を見せてもらったが、地元出身の若い衆が、とても丁寧に熱意をもって鮭の孵化の仕組みを説明してくれた。この姿にノーブルさんも眼を細め、「この若い人には初めてあったけれども、地元の青年があんなに元気に働いていてくれるのを見るととても嬉しいわ」とにこやかに話してくれた。ノーブルさんの眼差しはとても暖かく、思わずこの地域の女神のよう見えてきた。つい先頃までの超原油高で、HWAの視点の正しさがさらに再確認されたはずだ。
当然のようにLakeland Smoltsとの提携成功で、HWAの財政は安定している。一般向けのチップ販売も行い将来が楽しみだ。もちろんHWAのこの事業には、地元で盛んな木材産業という産業集積があること、専門的ノウハウのあるALIenergyの協力があったという事情があることは確かだが、地域の将来を考えたノーブルさんたちの知恵の勝利であることは間違いない。
ところで、更に驚いたことに、この会社への木材供給に対してHWAは自らに理念的な制約を課している。チップの品質保持はもとより、孵化場から半径30マイルの範囲で産出した木材しか提供できない、というものだ。長距離輸送に頼る木材チップの提供は、環境に優しくなく、サステイナブルではない、との理由だ。木材自由化で、日本の山林を荒廃させつつ外国から安い木材を重油の大量消費により輸入している日本のビジネスモデルとは大違いだ。貿易自由化を錦の御旗に押し進められてきたこれまでの市場経済化も、地球の将来を考えて大幅に考え直すべきである。
さて、このスコットランドの小さなコミュニティの取り組みを見て、我が国の農山村にもできることが沢山あるように思えてくる。私が暮らす長野県第二選挙区内は、木材資源の宝庫だ。実は松本平は全国有数の日照時間の長さを誇る地域でもある。美しく澄んだ水資源の宝庫でもあり、全国有数の水田地帯でもある。「人国記」の昔から勤勉な人材が育つ地域として全国に知られている。「環境に優しい産業起こし」という時代の要請を追い風として、木材資源活用、太陽光発電の大胆な促進など地域エネルギーの抜本的活用を含めた地域資源の潜在可能性を解き放ち、地域産業を育て、底堅い内需拡大を図る材料は揃っている。問題は、それらを総合的にオルガナイズしていく機能が不在であるということだ。地域毎に「地域資源潜在可能性を解き放つための戦略会議」とでもいうような大がかりな高度な戦略会議を作る必要性を感じる。
つい最近まで、原油価格高騰、資源高騰で四苦八苦の日本だったが、私には、原油や資源が高騰すればするほど、日本国内の地場産業振興のチャンスが増えてくると思えてならない。「ピンチはチャンス」だ。大企業がリストラで人材を放出している今こそ、人材を地域に呼び戻し、自分たちが生まれ育った地域資源の可能性を解き放っていく仕組みを考え直す時である。青年に故郷を目指させる時である。
その意味でも政治の役割が決定的に重要だ。政治は当面の景気対策の次のステップを考えなくてはならない。現在の政治は、権力を奪取するためにしのぎを削るだけの政治集団に堕しているように思えてならない。
我々は、虚心坦懐にスコットランドの小さなコミュニティの取り組みを見つめるべきではないか。実際、HWAは自分たちのフォーミュラ(手法)を世界の他の地域に拡大し、サステイナブルな地球環境形成に役立ちたいと考えている。我々も縮み思考ではなく、スコットランド人のように大きく構えて前向きに行動しなければならない。実は、我が国の明治維新を早めたトーマス・グラバーもスコットランド人であった。
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