「分権で自立・繁栄するオーランド諸島」

 長谷川憲正参議院議員(旧郵政省出身でフィンランド大使も務められたことのある国際派)が、2006年12月5日の参議院総務委員会の地方分権改革推進法案の質問者として、含蓄のある質問をされていた。

 何故地方を大事にする分権改革が必要なのか、という観点からの質問であった。長谷川代議士は、国土の安全保障と地域の活性化の両面から、自らの欧州滞在体験を踏まえた立論を披露された。

 先ず、ご自身の欧州滞在の経験に基づき、欧州の人たちに、「欧州諸国は何故農村部のコミュニティーを大変大事にするのか」、と、その根本を問うと、建前の理屈はともかく、最後には、「陸続きの欧州は、他国人の侵入を見張るため、人の住まない地域は作らないのです。それが国家の安全保障に直結するのです。」という答えが異口同音に返って来るという経験談を語っておられた。これは私どももよく耳にする話である。

 我が国は、東京一極集中を押し進め、経済効率の上でそれも当然であるとの理屈がまかり通っているが、これは世界の常識とは異なる、ということをおっしゃりたかったのだ。海岸線の長大な我が国が、人の住まない地域を放置した場合にどうなるか、これは国家の安全保障にも関わる問題だとも、強調されておられた。知らないうちにある地域に異なる言葉を話す集団が住み着いていたのが発見された、ということでは困るというものだ。海上保安庁や警察の機能強化だけで片づく問題ではない、コミュニティーの目があってこそそういう事態が防げるのだ、と。

 もう一つの視点は、よりポジティブに、地方分権でこそ地域が活性化するということを、ご自身が大使をされたフィンランドのオーランド諸島の自治の経験を引いて説得力を持って指摘された。

 オーランド諸島は、バルト海、ボスニア湾の入り口に位置するフィンランドの自治領の島々である。住民のほとんどはスウェーデン語を話す。フィンランドは、ロシアから分離独立したが、その際に、スウェーデンとフィンランドの間のバルト海にあるオーランドは、スウェーデン語を話す住民がほとんどであることから、オーランド諸島がスウェーデンに属するのか、フィンランドに属するのかで両国の間に紛争が起きた(1921年)。

 時の国際連盟事務次長の新渡戸稲造がこの紛争を「新渡戸裁定」をもって収めた。オーランド諸島はフィンランドに属するが、公用語はスウェーデン語とし、フィンランドの軍隊の駐留は認めず自治領とする、というのがその裁定であった。日本的にいえば、「大岡裁き」である。

 スウェーデンに郷愁を感じていた当時のオーランド島民にとって、その裁定は余り評判が良くなかった、とのことだが、90年近くたった現在では、スウェーデンに属さず、フィンランドの自治領になったことが結果として自分たちで物事を考え決定することにつながり、地域は大いに活性化し、欧州の中でも選りすぐりの経済的豊かさを享受する地域となっているとのことであった。独自の法律を施行し、独自の州行政により中央政府のかわりにサービス行うことのできる権利が与えられ、特徴のある教育・文化、公共医療、地方自治、郵便、放送、商工業に関するサービスが提供されている。

 オーランド諸島の例を引くことで、長谷川代議士は、自治によってこそ経済は活性化することを実例を以て紹介された。新渡戸裁定自体は、オーランドの自治そのものの実現を目的に行ったわけではなく、複雑な歴史と国家間の争い・面子の問題が絡みあい、その島々が接する欧州諸国の国境管理・安全保障上の問題解決を図るための妥協の産物がこの特別の制度設定の背景にあったことは想像に難くないが、結果として、自治によって経済が活性化した実例として、後世日本の国会審議で取り上げられることになった。

 長谷川代議士は、今後地方分権改革を進めるにあたっては、地方分権で何が良くなるのか、一般の国民は分かりにくいので、こうなる可能性があるのですよ、という実例を示していかなければならない、と、熱っぽく語っておられた。「先進国の中でこんなに人口の多い日本が、東京でないと物事が決まらないということは考えられないことだ」という言葉は、国際派ならではの視点で、説得力がある。

 同様の趣旨を、財務省出身の元スウェーデン大使の藤井威氏も、スウェーデン在住という経験をされてから、根っからの地方分権派になられたが、長谷川代議士の場合と似ているようにも思える。長い人生の中で、人間たまには大きく環境を変えて異なる視点でものを見ないといけないのかも知れない。

 さて、参議院の総務委員会が散会になった後、総務委員会に属する他の代議士が、長谷川代議士に、「長谷川さん、俺の地盤の四国も独立することに決めたよ」とエレベーターホールで明るく話しかけた冗談が新鮮に聞こえた。

 沖縄の活性化方策の一つとして、沖縄に一国二制度を導入したらどうか、その場合にはオーランドの自治領の事例を参考にしたらいいのではないかとの議論も仄聞するが、そこまで議論を拡大しないにしても、事例研究はしっかりしておくべきことには疑いの余地はない。

 さて、実は私はこの2年ほど前の問題意識を背景に、2008年3月上旬、スウェーデン訪問の機会に、人口27,000人のオーランド諸島の自治政府を訪問した。自治政府議会のヨハンソン事務総長、自治政府のマンセン技術センター所長、フータラ財務法律アドバイザー、アケマルク平和機関所長、ヤンソン事務局長にオーランドの現状とその抱える課題を伺うことができた。

 オーランドの自治はフィンランド憲法で保障されており、それを受けオーランド自治法が制定されていること、オーランドのオーランド自治政府の下には16のコミューンがあること、オーランド自治政府には独自の課税権はないがフィンランド政府の(起債を除く)収入の0.45%をオーランド自治政府に移転する制度があること、コミューンの税制度は自治政府が決定していること、外交はフィンランド政府の専権事項であるが、オーランド自治政府は意見を提示でき、特別の場合には外交交渉に参加できること、フィンランド政府はオーランドの立場を踏まえて外交交渉に臨まなければならないこと、条約の中でオーランドに関係する事項はオーランド議会の承認が必要であること、などの制度の説明を伺った。また、海運がオーランドの主要産業でありこれは引き続き重要であるが、ITや観光など中小の事業所が増えており経済は好調であること、その結果島に移り住む人も増えていること、などの説明もあった。

 この島に大学はないが、オーランド出身者がスウェーデンやフィンランドの大学で勉強した後は、オーランドに戻って仕事に就く人が非常に多いのだそうだ。また島には専門的な職業教育機関もあり、ITなど時代の趨勢に合わせた若者教育を行っている。

 オーランド発展の原動力は、しかし、海運業であり、それに付帯する一種の特権が与えられている。EUは域内に於いては付加価値税を原則的に免除していないが、オーランドに関しては、この特例が認められ、スウェーデンとフィンランドを行き来する船でオーランドに寄港するものに限って酒などの一定の物品の免税が認められている。この集客効果は絶大で、日帰り観光も可能なオーランドは、制度の恩恵をフルに活用している。一般に北欧は酒税が高く、免税のメリットは絶大で、大型の定期客船がこの小さな島に頻繁に行き来している。

 しかし、いつまでもこうした免税措置が続くことは考えられないということもあり、オーランド自治政府は、新たな付加価値を生む産業の育成を試行錯誤ながら考えているといのことであった。インキュベータ施設を造り、企業家を育成するというプロジェクトの紹介も受けた。

 EUの誕生ということはオーランドにとっても大きな外部環境の変化であり、EUに対して独自の立場をどのように主張していくのか、日々頭を絞っているとのことであった。オーランド自治政府の認識では、スコットランドと英国の関係以上に、オーランドの独立性は高いものという見解であった。スコットランドの独自性は英国議会から賦与されたものであるのに対して、オーランドのそれはフィンランド議会が一方的に剥奪できるものではない、というのがその理由だ。

 地元出身のアケマルク平和機関所長はスウェーデンのウプサラ大学で勉強した後、子供が3人生まれたので、子育てに最適なこの島に戻って、平和をキーワードにした国際連携プロジェクトを立ち上げている。バルト海を挟んだ近隣諸国との交流、青少年交流など盛りだくさんの事業の紹介を受けた。青年交流に関しては、我々の機関がJET事業という世界最大の国際交流事業やっていますよ、と申し上げると、興味深げに内容の説明を求められた。オーランド諸島はフィンランドの軍隊の駐留が認められず、謂わば非武装地帯になっているが、それにふさわしい平和研究も行われている。

 その地域のおかれている特性を最大限に発揮し、自分の頭でものを考え独特の地域づくりをしているオーランドに、日本の自治体も見習うべき点が多々あるように思われる。

Copyright(C) Mutai Shunsuke All Rights Reserved.