5月の連休明けに3泊4日の日程で、大学のゼミ生を引率し、岩手県遠野市の被災者支援センターを拠点にボランティア活動を行った。
今回の東日本大震災に際して、以前のメルマガで、「大学当局は、国家の非常事態に大学が国家に何を還元・貢献できるかで大学の存立意義が問われると考え、被災地の復興過程こそ生きた教材であると考え、学期の一定期間は大学の授業を休講にして、大学生の被災地支援活動を単位として認め、大学としてバックアップする気概がほしい」と書き、大学のゼミ単位での被災地支援の活動を提案した(注1)。
今回、私が所属する大学がその提言の趣旨を受け入れ、市長が大学OBである遠野市当局と調整し、連続的な大学としての被災地支援の枠組みを作った。「KU“東北”ボランティア駅伝」と銘打つこの仕組みは、今回の被災地支援が相当程度息の長い活動になることを見越し、中長期にわたり安定した学生ボランティア派遣が行えるように、横浜と遠野間に大学がチャーターしたシャトルバスを1週間に2往復運行し、それに学生が組織だって参加するというものである。具体的には、1週間を半分に分け、この期間単位でボランティア活動にゼミ・クラブ単位で参加し、地元のボランティア需要に応えるというものである。
5月の連休中から開始したこの取り組みに、連休明けのボランティア供給の減少が見込まれる中、私のゼミ生有志も14名の参加を得て実施する運びとなった。
我々の活動の実際は、公民館を借りて宿泊し、遠野市稲荷下の物資支援センターに全国から運び込まれる物資の仕分け、同センターを訪問してこられる被災者へのショッピングセンター形式による物資提供支援であった。ゼミ生14人はそれぞれの部署に配備されキビキビとした働きを行い、被災者への物資提供が大変スムースに進んでいる印象を皆さんに持ってもらった。
遠野の物資支援センターには全国各地からのボランティアが集まり、それを静岡県庁の派遣チームが遠野市関係者と調整しているという図式である。直接の被災地ではない遠野市が被災地支援バックヤード基地として縦横無尽の活躍をしている。現遠野市長の肝入りにより大震災に備えた備えも行われていたことがスムースな機能の充実につながっているとの話を伺った。
他方、遠野市社会福祉センター内に事務局を持つ「遠野まごころネット」という組織が被災地支援ボランティアネットワークの中核となり、ボランティア活動全体を統括している。全国のボランティア志望者をこの組織が捌き、物資支援センターにも基本的にはこの「遠野まごころネット」を通してボランティアが派遣されてくるのである。
「遠野まごころネット」の事務局を今回2回訪問した。創意工夫によるボランティア活動が多様に広がる。支援物資の積み下ろし、家具清掃、屋内の泥撤去などの肉体労働から被災された方々のお世話や心のケアまで様々な創意工夫に富んだサービスが行われている。私どもが訪問した折には、「足湯隊」の取り組みのデモンストレーションが行われていた。被災者の方に足湯サービスを行い、その際に手などを揉み解し、その間の会話の中で癒しを行うというものだ。私も実験台になるように促され、学生とともに体験をした。何と、たまたまそのサービスの提供者は福島原発により夫の実家に避難中の女性であった。ボランティアの現場に入ると何かしら篤い共同体的雰囲気を感じる。
このセンターで、たまたまドイツと米国からのボランティアの方とも遭遇した。ドイツ人は消防隊とのことであった。国外からのボランティアもこの場所に集っている。ホテルや旅館の確保が出来ないボランティアの為に、現地にある体育館や公民館を斡旋してくれたりもする。泊まりはぐれはない。ボランティアサービスがいわばワンストップで行われているのである。
ボランティアが終了した最後の日の夜、宿泊先の区民館の近くの食堂で、引率してきた学生と今回の訪問の反省会を行った。殆どの学生にとって、ボランティアははじめてであった。「思い切って来てよかった」、「機会があればまた来たい」、「他にもやれることがありそう」、「もっと効率的に動けたかもしれない」、などの感想が異口同音に吐露された。また、被災者を助けるつもりで来たところ、逆に元気をもらえたとの感想を皆がもったようだ。非常に貴重な経験を得た3泊4日のボランティア体験の前後で学生がちょっと成長したように思えたのは決して欲目ではないと思う。私自身にとっては、学生と仲良くなれたことも収穫であった。嬉しいことに、多くの若者にボランティア参加を呼び掛けて行く使命を各人ともに自覚してくれたようでもある。
私自身も、短い期間ではあったが、毎日のように被災者の方々と接する中で、被災者を癒すつもりが逆に自分自身が癒されていると不思議な感覚を覚えた。恰も、募る気持ちが満たされる過程で幸福感を覚えるような感じである。欲求段階説を唱えたマズローは、晩年、最上位としていた「自己実現の欲求」の更に上位に「自己超越の欲求」があり、人間はさらなる達成感を得るために他人を助けたいと思うようになると言っている。その感覚の片鱗を、期せずして東日本大震災のボランティア活動の中で感じることが出来たのかも知れない。
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