「リニア中央新幹線のルート選定の視点」

 リニア中央新幹線のルート問題が長野県内の意見を二分する様相を呈している。甲府から諏訪・飯田を経由して名古屋に至るBルートか、甲府から南アルプスを貫通して飯田経由で名古屋に至るCルートかで、県内の世論が割れている。

 諏訪地域は、Bルートが地元を経由する事からその実現を悲願としている。飯田地域は県内1駅というJR東海の案の中で、Cルートが採択されれば飯田への中間駅設置の実現可能性が高まるとしてCルート実現を求めている。

 JR東海としては、東京名古屋間の経費を抑えより早く結ぶためにCルートを強く要請している。

 BかCかという議論に関しては、元々長野県はBルートでまとまっていた。しかし、南アルプス貫通の技術的実現可能性があるとされ、JR東海が中間駅設置を除き全額自己資金で建設経費を賄うことを表明してから、長野県内の意見が分かれるに至っている。

 長野県以外の地域の意見は、東京と名古屋がより早く結ばれるのであればそれでいいのではないかとの意見が多いようだ。地元の立場を主張することは、「我田引鉄」として非難する声も多い。

 さて、この問題をどう考えるべきなのか。

 JR東海の経営面の都合だけでいえば、仮に南アルプスを貫通する長大トンネルが本当に環境破壊をもたらさず、技術的・資金的・安全性の観点から可能であるかとうかという大問題をクリアーできるとして、Cルートを主張する立場は一見合理的である。一方で、高速鉄道網整備の国土構造上の位置付けとは何かという、別の観点の判断もなければならない。

 このように考える場合、リニア中央新幹線開通で地域社会にとって何が起きるか、という観点で見てみよう。

 Bルートの場合、諏訪に中間駅が設置されるとして、東京・諏訪間が20-30分ほどで結ばれる可能性が出る。諏訪から松本までの高速アクセス鉄路が改良・整備されると東京・松本間が1時間以内で結ばれることになる。首都圏からの時間距離が非常に遠いと言われていた長野県中信地域の発展可能性が一挙に花開く。この場合、中央東線・西線が並行在来線化する可能性があるが、その地元調整は大きな課題になる。その上で、諏訪地域という長野県の県央部にリニア駅が出来ることで、信州のまとまりが強くなる。長野市と諏訪・松本を高速鉄道で結びつけようとする交通政策の機運も自ずから生じよう。

 Cルートの場合、飯田に中間駅が設置されるとして、飯田は東京、名古屋から至近距離の地域となる。長野県の中信地域、北信地域との結びつきがただでさえ弱い現状の中で、長野県の一体性確保の観点からは一挙に遠心力が働く。これからの道州制議論の中で、飯田、下伊那が中京地域と一緒の圏域になることを働きかける動きが生まれることは必定である。「ほんの7分の時間差」により長野県の一体性が崩される可能性を孕む問題を生じうる。おまけに、中央東線・西線の扱いが難しい。現状でも中央東線の特急の乗客の相当部分は甲府で下車する。リニアが出来ると特急「あずさ」の本数は激減し、場合によっては今の特急「あずさ」は、甲府・松本間のローカル列車に格下げされかねない。JR東日本とJR東海では経営主体が異なるからそうはならないであろうとの見方は甘い。こうなると、諏訪地域はもとより、松本市、安曇野市、大町市にとっては幹線鉄道網から外れるという将来の地域の発展にとって致命的な結末が訪れるとも限らない。

 もともと、新幹線網の構想段階で、富山に抜ける新幹線は松本経由という案があった。それが当時の政治力学の中で上越新幹線が優先され、その派生形態として長野市経由の長野新幹線が実現した。今回のリニア中央新幹線の動きは、過去の長野県中信地域の「挫折」を再現するかのような動きのように見受けられるのは私の単なる老婆心なのであろうか。

 このような観点で考えるとき、少なくとも、長野県を一体としてまとまりのある地域として発展させるためには、長野県関係者としては、何としてもBルートの実現を目指す姿勢が必要であるように思う。飯田市の関係者としても、長野県内に2つの中間駅を設置する立場を強く主張することで、長野県の一体性を確保する観点から共存共栄の立場を確保できるように思われる。

 リニア中央新幹線の地域に与えるインパクトは殊のほか大きい。その影響は、地域によってはマイナスの影響を与えかねない。JR東海の経営上の観点の取り組みが、地域社会のあり様に計り知れない影響を与える以上、様々な観点からの配慮が求められることは当然のことである。

 それにしても不思議なのは、長野県の中信地域の行政当局者、経済界、地方政界、そして地元選出国会議員が、この課題に関して意外に音無しの構えであることである。諏訪地域の関係者を松本、安曇の関係者もバックアップしなければならない。地元の将来に極めて甚大な影響をもたらす国家プロジェクトに対して、想像力を逞しくしていかなければならない。


Copyright(C) Mutai Shunsuke All Rights Reserved.