「日本の道州制の参考例」

〜英国のRDA〜

 英国のイングランドには地域開発公社(Regional Development Agencies;RDA)という広域単位の機関が9つある。労働党のブレア政権が1999年に発足させた組織であり、法的には国から独立した機関とされているが、実質的には英国で多く見られる独立公共機関に区分され、権限の上でも国務大臣の監督下に置かれている。

 意思決定機関としては理事会があり、国務大臣が利害関係者との協議を経て任命している。理事の出身母体は自治体、産業界、労働組合、教育界、ボランティアセクターなど多岐に亘っており、職員も公的部門と民間部門から集められている。RDAはイングランド各地の経済開発、地域全体のハードソフトに亘る社会基盤整備を図ることが目的としており、設立当時、政府をはじめとして多くの地域再生関連事業が移管されている。予算も関係省庁の地域再生関連補助金を一括して新たな補助制度を創設し、公社の裁量度合いが非常に高い資金となっている。

 RDAは10年から20年を展望する広域戦略を策定し、更にその内容を実現するための向こう3ヵ年の取り組みを示すCorporate Planも策定している。RDAはその性格上、地域のニーズに敏感でなければならないが、理事会だけでその機能を果たすことは難しいことから、管内の地域住民の声を代弁する組織として「地域議会」が導入されている。地域議会は公募制だ。住民投票により選挙制を導入できるとされてはいるものの、これにより地域議会が3層制の地方自治体となり重複感が生じることなどから、選挙制を導入している地域はない。

 私は、そのRDAの実態を調べるため、ロンドン郊外のGuildfordにあるイングランド南東地域を管轄するSEEDAと呼ばれるRDAのひとつを訪問したことがあ。訪問の趣旨は、地域の地方自治体との役割分担を念頭においてのものであった。

 戦略・広報担当役員のPaul Lovejoy氏、経済分析主任のIvan Perkovic氏、アジア太平洋地域担当マネージャーのSimon Jaggar氏、そして日本担当のビジネスマネージャーの田所克章氏にご対応いただいた。田所氏は日本人で、大阪ガスからの出向で、英国の広域地域開発の実態についてSEEDAで実地研修を受けているとのことであった。

 Lovejoy氏をはじめ皆さんから質疑を交えながら伺った話の中で最も印象的であったのは、もともとRDAを作った発想が、英国特にイングランドとしてEU統合の中で広域の地域を大括りした開発戦略を作っていかないと国際競争に勝てないとの危機感があったという説明であった。イングランドの従来の自治体単位で地域開発戦略を立てていくのは困難であり、かといって国がこれを一括して戦略を作っていくのでは大きすぎる。そこで、イングランドを9つの人工的な地域の括りに分割し、その単位でRDAを設置するに至ったとの説明であった。

 SEEDAの管轄する区域は、世界で20番目の経済規模を誇る地域で、南アフリカやスウェーデン、シンガポールよりも大きな経済単位なのだそうだ。国税収入もイングランドでは最大で、地域別の一人当たり国民所得も世界で40番以内に入る豊かさを誇っている。一方で、ホームレスの数もロンドンに次いで多く、100万人以上の人が基本的労働技能に欠ける状態にあるなどの社会的問題も抱えているのだそうだ。SEEDAはこのような属性を持つ地域の社会経済戦略を立て実施するのである。

 SEEDAは世界にも視野を向け、日本にも事務所を構えている。SEEDAの所管地域に似ているという意味で神奈川県に事務所がある。ここを拠点に日本企業のSEEDA所管地域への投資を促すのだ。

 ところで、イングランドの各地域ごとのRDAには機能差があるとのことだ。SEEDAのように恵まれた地域の開発戦略と、イングランド北東部のように経済発展が遅れた地域のRDAとでは自ずから役割に差が出てくるのだそうだ。政府は、経済状況の悪い地域に財政資金を傾斜配分している。経済状況のよいところは、相対的に少ない資金を活用しながら、外国からの企業誘致や投資環境整備などのソフト事業に汗をかき、経済状況の悪いところは、むしろRDA主導でハード整備により力を入れる傾向があるという。イングランド北部地域に関しては、政府はNorthern Way 成長戦略というプランを建て、3つの関係するRDAと他の地域パートナーと協力し、地域格差縮小の開発を図ってきている。

 話を伺っていて、私から、「SEEDAの機能は他地域のRDAと比較するとちょうど日本の商社のような機能を果たすのでしょうか」と問うと、田所氏から、「そのとおりです。おまけに手数料の要らない商社です。」との返事が返ってきた。この地域で起業や投資をしようとしている関係者にとってはSEEDAは頼りになるパートナーのように思われているようである。

 一方で、問題点も無いわけではない。RDAの設置目的には、当該地域の発展のほかに、英国全体の地域格差の解消がある。それぞれの地域が創意工夫を生かして競争しながら、全体としては格差是正をする、ということは、それ自体が矛盾することのようにも思える。ある意味では、恵まれた地域は逆に知恵で勝負しろ、というメッセージが込められているのかもしれない。

 更に地元の地方自治体から見ると、地域の経済開発戦略策定権限がRDAに奪われていることになっている。おまけにSEEDAは民主主義のコントロールの埒外にある。ブレア政権は、中央政府から「地域」に権限委譲はしたが、地方自治という観点を踏まえた発想とは少し異なるようである。経済発展と民主主義の原理の組み合わせの問題はなかなか機微な問題だが、この点に疑問を感じている地方自治体関係者は決して少なくない。現に、保守党の政権構想の中ではRDAの廃止が謳われている。

 私が、「保守党が政権をとったらSEEDAはどうなるのでしょうか」と尋ねると、Lovely氏は、「その時はその時ですよ。英国人は組織の改廃にはずっと慣れていますから。SEEDAの役員も、冗談で、大体このような組織の寿命は8-9年だと言っているのですよ。」と達観した返事を返してきた。

 ところで、英国政府は、Regional Economic Performanceを発表している。2006年12月の資料によると、地域ごとの格差は縮まる傾向にあるとのデータが示されている。果たして地域ごとのRDAを活用しての政府の地域開発戦略が功を奏したのか。

 経済分析主任のPerkovic氏は、「それはイングランド北部のパーフォーマンスがよかったのではなく、イングランド南部地域の「.com景気」が一時落ち込んだことによるのですよ」と極めて冷静に答えてくれた。

 いずれにしても、政府の権限をより地域に近いところに降ろし、独立の単位として世界の各地域と直接結びつく機動性のある経済発展活動を目指す英国の政策実行機関の最前線の人の話を伺えたことは得難い機会であった。イメージからすると、日本の道州制の経済開発分野の「機能」がRDAにあるのかなあという思いを懐いた。日本で道州制を議論する場合には英国のRDAの機能の研究は欠かせない。

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