むたい俊介
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長野2区 自民党
【メッセージ】
「英国の義務教育の現場に学ぶ」
〜学校現場に徹底して権限を委ね創意工夫を創出〜
英国滞在中、ロンドンとマンチェスター市内の小学校、中学校、高校を訪問する機会が何度かあった。
総務省勤務時代、中央教育審議会を傍聴する中で、2005年3月29日の義務教育特別部会において国立教育政策研究所小松郁夫教育政策・評価研究部長(当時)から、英国の教育改革の現状について伺う機会があったが、一度自らの目で英国の学校現場を訪問したいとの気持ちがあり、英国滞在中にそれを実現することができた。
ロンドンの小学校訪問は、グリニッチにあるカードウェル小学校であった。この小学校は、英語を母国語としない子供が7割を占める地域の小学校で、周囲には公営住宅が多く、経済的に貧しい層が多い地域にある小学校で、児童生徒数は540人。教職員は25名前後。この学校をユニークでアグレッシブなキャロル・スミスという女性校長先生が引っ張っていた。2001年にこの学校の校長に着任したスミス女史は、与えられた権限を十分に活用し、「継ぎ目の無い初等教育」を実践していた。
英国では、サッチャー改革以降自治体の地方教育当局の機能が大幅に縮小され、学校にそれが下されている。予算の運用権はもとより教職員も各学校が予算の範囲内で自由に任用できる。各学校には4年任期の理事が構成する学校理事会があり、ここが当該学校の管理・運営の意思決定機関であり、校長先生はその執行機関という関係に立つ。生徒数を基準に各学校に配分される予算の使途は特定されず、幅広い裁量の余地が学校理事会にある。
カードウェルでは学期に一度の頻度で学校理事会が開かれる。2001年に学校理事会に採用された校長先生は、その時点で教職員を刷新し、やる気のある人を採用した。爾来、結婚でやむなく辞めた1人を除いて教職員の異動は無いのだそうだ。
驚いたことに、この小学校には保育園が併設され、子育てに悩む母親向けの相談所まである。小学校に入る前に、この学校に親子で親しめ、義務教育就学へのハードルを無くすという考え方に立つものだ。「継ぎ目の無い初等教育」が実現している。この学校は、学校監査を行っている教育水準局(OfSTED)の評価も急速に上昇し、スミス校長は「教育賞2005」という表彰を受け、エリザベス女王にバッキンガム宮殿で昼食を供にするという栄誉も受けている。
教室を一つ一つ案内していただきましたが、本当に多様な人種が集まっていた。東欧からの移民、アフリカ系、アジア系、中東系。英語が通じない子供には個別授業が行われていた。
マイノリティの子供に自分たちの文化や言語に自信を持たせるために、世界の各地のことを勉強する授業もある。英語に加え、ほかの言語を話せることは凄いことだとの自信を持たせるのだ。イタリア、フランス、ロシア、エジプト、中国などと並び、何故か日本を勉強する教室もあった。日本人の子供は1人もいないのに日本のことを勉強しているのだ。教室の片隅には座布団が置いてあり、習字の勉強もしている。
私たちの訪問で、この日本の教室に「本物の日本人」が来たというので、先生と子供たちからはずいぶんと歓迎された。子供たちは知っている日本語を次々に発声する。校長先生に、日本講座を作った理由を伺うと、「担任教師が日本が好きだった」ということであった。それでは、ということで、早速、「JAPAN in Your Classroom」という日本文化出前講座などのプログラムを紹介した。英語の日本情報が不足しているとのことであり、大変喜ばれた。英国の子供たちに日本のことを伝える役割は日本人にとっても刺激的である。
しかしながら、この地域の子供を巡る家庭環境は複雑だ。給食費も半数以上の家庭は免除されている家庭環境だ。家庭訪問の実施の有無について伺うと、トラブルの可能性があるので家庭訪問は実施していないそうだ。この地域は麻薬犯罪や銃犯罪も多く、学校の敷地には厳重なフェンスが張り巡らされている。その中で、幼児教育、初等教育の段階から学校が中心となりコミュニティ・地方自治体と連携して教育面での役割を果たそうという姿勢が伝わってくる。
スミス校長に、「校長先生の最も重要な役割は何ですか」と伺うと、「資金集め」という答えが返ってきた。日々の学校運営に目配りをしながら、様々な資金提供団体と関係を繋ぎ、学校をよりよくしようという姿勢は、日本の校長先生の機能とはだいぶ異なるように思える。教員の給料もこの数年でだいぶ改善されている。スミス校長と供にご対応頂いたメラニー・アンダーマン副校長も女性であったが、女性の教員が非常に多い英国(この小学校も8割が女性教員)でも待遇改善の結果男性も教員の世界に目を向けつつあるという話も伺えた。
ところで、徹底的に学校現場の権限を強めている英国の教育制度は、日本の地方分権議論の中でどのような位置づけが与えられるべきか興味深い観点でもある。英国では、国は財政支援と実績結果の評価に力を入れているように思われる。地方自治体は地域社会の教育水準向上の観点から学校とのパートナーシップ強化を行う立場にあるようだが、この点は更に検証してみたい観点である。
ロンドンの小学校訪問に次いで、マンチェスターの学校訪問を行った。マンチェスター市教育委員会のアンジェラ・ショフィールド女史からのご紹介による訪問で会った。アンジェラからは、以前、一時期経済苦境に陥ったマンチェスター市は、教育の荒廃が進み、全国水準を大きく下回る学力水準であったものを、改善努力を重ね、全国水準に急速に近づいている努力の経過をご教示いただけたが、教育問題に興味があるのであれば学校現場を案内してもよいとのお話があり、学校訪問が実現した。
ショフィールド女史からは、「3歳児からの無償教育の実施、家庭環境などで脆弱な環境にある子供たちのリストを作成し、学校、福祉関係者、警察などがチームを作りその子供たちを個別に指導できる体制を整えている」、「マンチェスター市の教育委員会には18人のインスペクターがその活動を行える体制を構築しそれを支えるのに4人の管理職が別に本部に控えている」、というお話を伺ったが、学校現場で実際に個々の積みあげを行って「学力向上」に繋げている実例を見せていただくことができた。
訪問先は、経済的に恵まれた地域に所在する小学校と、経済的に苦しい家庭の子弟の多い中学校の双方であった。
恵まれた地域に所在するのは、ディズブリー英国国教会小学校 であった。この学校は、位置づけは公立学校(運営費が公的負担)なのだが、英国国教会(C of E)が運営してる小学校だ。英国の公立学校には、元々自治体主導で設置されたものと教会をはじめとする民間団体が設置したものがあるため、4つの種類に分類される。私たちはそのうちVoluntary Aided Schoolと呼ばれる小学校を訪問した。
なお、英国の公立学校にはこのほかに、Community School、Voluntary Controlled School、Foundation Schoolという公立学校の設置形態がある。最も多いのはCommunity Schoolであり全体の2/3を占めている。英国は義務教育にあっても歴史的経緯を引きずっているのだ。
ともかくも、ディズブリー小学校は、設立が何と1728年。280年の歴史がある。英国では、もともと教育は一部の特権階級を対象としたものであり、ビクトリア時代以前は、一般の人に対する教育は、教会等の民間セクターが中心となったボランテタリー学校で実施されていた歴史がある。マンチェスターでは、英国で義務教育が実施されるよりもはるか以前から教育に関与してきた歴史ある小学校を訪問させていただいたことになった。日本で言えば、寺子屋の母体となった設置主体がいまだに小学校の設置者になっていて、運営費は公的負担で賄われている、といったところだろうか。
英国の小学校は5歳から11歳までの6年間なのだが、英国では3歳から4歳の就学前教育が無料とされていることもあり、就園率も高くなっている。そして独立の幼稚園よりも小学校に幼稚部を併設するところが多く、ディズブリー小学校も、その併設校の一つになっている。
マット・ホワイトヘッド校長の案内で231人を教える施設を見せていただいた。古くて歴史の趣を感じさせる校舎の中は、子供の活気で温かく明るい雰囲気にあふれていた。幼稚部から11歳児の教室まですべての教室に伺うことができたが、児童は快活で朗らかで学校生活を謳歌している雰囲気が伝わってきた。
実際に英国で教育機関の監査を行っている教育水準局(OfSTED)の2006年の監査においても、子供たちの学校での態度は落ち着き、学校生活を十二分に楽しみ、持てる能力を伸ばしている状況の指摘があった。その証拠として、学校の欠席率はマンチェスター市でも最も低く4%程度なのだそうだ。もちろん学校はさらなる向上を目指している。
始業時間は8時50分で終業は3時10分なのですが、子供は7時30分から学校に来ることができ、希望者には朝食も与えられるのだそうだ。放課後も6時15分まで学校に留まることができ、この小学校の子どもは学校がとても好きなのだそうだ。
訪問時には、「ハーメルンの笛吹き男」という演劇の練習をしていた。近いうちに発表会があるのだ。演劇指導の女性の方は、プロはだしの人のように思えた。児童に対して映画監督のように指示を出していた。児童もそれによく応えて演技を修正していた。とにかく、児童の能力を高める様々な機会が与えられているようだ。
コミュニティにもよく溶け込み、地域のお祭りであるディズブリー・フェスティバルに毎年参加しているのだそうだ。毎週水曜日の学校集会には、設置者である聖ジェームズ・エマニエル教会の牧師から説教が行われるのだそうだ。もとより教会も小学校の運営に関与している。
しかし、この学校にはキリスト教徒以外の生徒もいる。そこで、学校の教育方針としては、宗教的寛容さを教えているのだそうだ。私たちが訪問した際にも、ちょうどユダヤ教の勉強をしているところであった。近々ユダヤ教会を訪問するのだそうで、その下準備の授業なのだそうだ。
学校のクラブ活動などには地域のボランティアが参加し、学校と地域、そして教会が双方向で子供の教育に心を砕いていることが伝わってきた。
この学校は30人学級を実現しています。授業は、クラス内の机をグループ単位に分け、生徒が互いに向かい合って授業をしている風景が目新しい感じがした。もちろん授業の科目にもよるが、発展度合いが異なる生徒ごとに異なる教え方をする必要があるという話であった。一人ひとりの生徒の個別事情を的確に把握し、それぞれに適合した授業を行う姿勢が見て取れる。豊かな地域の学校とは言え、児童の背景、能力はそれぞれに異なるものの、この学校の学習進捗度合いは、社会的背景の差で大きな差異は見受けられないとのことであった。こういう学習機会が与えられると、塾に行って分からないところを補充する必要はないことになる。
もっとも英国には日本の塾に相当する機能がそもそもない。日本の公立学校のように、塾の存在を頼りにし、生徒が分かっても分からなくても授業をとにかく進めていく、という手法はこの学校は採用していない。その効果は、この学校の全国学力テストの結果にも覿面に現われている。
また学習困難児童については特別に誂えたカリキュラムも用意され、専任の先生がついて面倒を見ている。ハンディキャップのある子供も、一般の児童と同じ学校生活をさせている。そうすることで人間の多様性、いたわり、寛容の精神を子供のうちから育めるのだ、という理念だ。
学校内には、児童の学校内外の活躍の様子が、至るところに掲示されている。その中の掲示により、学校議会という児童が作る自主的意思決定機関があることに気がついた。校長や学校理事会に対して、いろんな提案や意見を出しているのだそうだ。また、「バディ スキーム」という仕組みには、思わず仰け反ってしまった。年長の子供が年下の子供の面倒を見る仕組みである。私はスキューバダイビングをやるが、海の中で一人ひとりを見失わないために、二人一組のチームを組むのだ。初心者はベテランと組む、というのが一般的だ。何と、それと同じ考えがこの小学校に導入されていた。
幕末期の薩摩藩において見られた「郷中教育」というものがあるが、年齢が異なる子供どうしで交流することにより、連帯感と世代を超えた労わりの精神を養うものとして大いに機能した昔の知恵であるが、英国にも同様の精神が生きていたのだ。これは大発見であった。日本でもすぐにでも導入できそうな工夫だ。
ところで、ホワイトヘッド校長は、財源論も含めた私どもの質問に的確に応えていただいたのみならず、子供のことは全て自分に聞いてくれ、という自信に裏付けられた雰囲気にあふれていた。教育現場から学校マネージメントの世界に移行した経歴の持ち主であるが、学校運営に当事者意識を持って臨んでいる。これは英国のシステムが、学校運営の責任を学校理事会と学校長に委ね、この両者の間で話し合いながらあたかも一つの自治組織のような感覚で仕事が進んでいることによる面が大きいと感じられる。教職員の採用、学校運営も自分たちで決められる。決定権限があるのだ。
この学校の教師は地域のことを知りつくした勤続年数の長い教師が多いが、それも学校理事会の選択だ。学校の設備投資、事業実施のための資金集めも任務だ。その結果良い運営をしたところとそうでないところの水準に開きが広がる可能性はある。それを是正させるために先述のOfSTEDがチェック機関として機能するという位置づけだ。
日本の学校現場の裁量のなさ、限定された役割に比べ、学校現場に責任と意思決定権限が降りている制度運営の良い事例を見せてもらえたということであろうか。一方で、その分、英国では地方自治体の教育行政当局の機能が減じられているように感じられる。しかし教育環境整備やデータの共有・提供、教育環境に恵まれない地域支援など、補完的に学校現場をフォローする面で機能が求められていると思われる。マンチェスター市の教育行政当局は、まさにそのような機能を果たしている。
マンチェスターにおけるもう一つの訪問先学校はニューウオール グリーン中学校である。マンチェスター市教育行政当局によると、この学校の所在する地域は、公営住宅比率が非常に高く、社会的経済的にイングランドで最も疲弊したところであるとのことであった。
そういう地域の学校の水準を高めることは容易ではないが、訪問先の中学校はその障壁を見事に乗り越えた実績をあげているということで訪問先として紹介された。
11歳から16歳までの児童生徒911人が通うこの学校は、逆境は意志と努力により克服できるのだということを証明する実績を上げている。「英国版プロジェクトX校」であった。
英国の義務教育は無償で提供されるが、給食費はそうではない。しかしこの学校では44%の児童生徒が給食費免除の措置を受けている。そして家庭環境、身体的・学習機能障害などの理由により35%の児童生徒が特別要支援リストに載っている。これは英国の平均を大きく上回る数値だ。深刻な学習機能障害を有する児童生徒は52名登録され、重度学習機能障害児のためのセンター校としてもこの学校は機能している。
OfSTEDの監査評価でも、この学校は、顕著な実績(outstanding)を上げていると評価されている。これは最上級の評価だ。しかしそれは絶対水準が高いという意味の評価ではなく、低い水準を引き上げた努力の付加価値が高い点に対する評価なのだ。
児童生徒の大多数がこの中学校に入学する時点では学習能力は全国水準を大きく下回る水準にある。それが5年間の中学校生活(5年間は義務教育、後の2年間はsixthformと呼ばれる任意の教育期間)の中で徐々に目に見える進歩を果たすのだ。中学校の義務教育期間5年間のうち、最初の3学年はKey Stage3と呼ばれますが、中学入学当初に比べ満足できる結果を上げている。しかしそれでもKeyStage3の最終年においても全国平均よりはなお低い水準にとどまっている。しかし最後の2学年のKey Stage4になると努力の成果が顕著に現れ、Key Stage4終了時に実施されるGCSEと呼ばれる中等学校修了一般資格の全国学力テストにおいては、全国平均を追い抜く実績を上げている。
中学校入学時の水準を大きく底上げすることに成功したこの学校の成功の秘訣は、BBCのテレビ番組でも紹介された。伺った範囲で成功の秘訣をいくつかあげてみる。
(1)教員が個々の児童の状況を正確に把握し、それぞれが的確に個々人の目標に挑戦しえているのか、目標に向かって努力できているのかを確認する作業が行われている。
(2)学校では、2000年から特別芸術カレッジ、2004年から科学・数学専門コース、2006年から職業研究コースという3つの特別コースを用意し、それぞれの生徒の進路希望に応じた選択肢の多様性を付与し、児童生徒の達成度を最大化できる仕組みを用意している。生徒はこれにより、将来への抱負を得るのみならず、実際にそれを実現できる道具を手にすることができる。
(3)学校では、生徒が自らの将来に対し高い期待感を抱き、それを実現できるようにそれぞれの目標に向かって自分自身で邁進できる精神文化を醸成する努力をしている。これは学業面だけではなく社会的側面においても同様に行っている。いまだに高いとは言えない不登校児童対策に力を入れており成果は上がっている。そのためのメンタル支援や生徒の安全確保支援にも力を入れている。
(4)学校では、「学習における社会的情操的側面の重視フレームワーク」(Social Emotional Aspect of Learning Framework ;SEAL)と呼ぶプログラムを取り入れ、生徒に責任ある行動、他人への思いやり、地域社会への貢献といった態度を身につけさせようしている。
(5)学校は、生徒の全生活面の支援を厭わず行っている。「生徒のことを最もよく知っているのは学校であるという」信念のもと、ベテランスタッフ、学業面や徳育面の専門家、落ちこぼれそうな生徒を支援するスタッフが密接に協働して生徒支援のスキームを作っている。この生徒支援に携わっている関係者の責任感と献身的姿勢により生徒支援は有効に働いている。特に「生徒全面支援学校」(Full ServiceSchool ;FSS)と呼ばれる仕組みを作ることで、この支援スキームを機能させている。リンゼイ・シャファー氏をチームリーダーとする7人の専門家が、生徒と家族を一体的として考えフルサポートしている。子どもに関わることであれば何でもこのFSSに連絡するれば問題解決を図れる仕組みを構築している。24時間の無料SOS電話も用意している。
(6)学校は継続的にその実績を評価し、常に改善に向けて前進するというエトス(気風)を構築するようにしている。(2)にある3つの特別コースを設置したのもその表れだ。
これらの取り組みは、「とにかく学校は子供を大事にしたい(Every childmatter.)」→「そのためには子供のことを最もよく知っている学校が、家庭と地域社会を巻き込んで中心となって機能しなければならない」→「そのためには学校理事会、学校長、ベテランスタッフのリーダーシップ、ビジョンの共有、責任ある関与が重要」という論理展開により実現してきているように思われる。とにかく、この地域では、ニューウオール中学校が事実上、コミュニティの中心になっているのだ。
OfSTEDの評価報告書には、「この学校は地域コミュニティに対して顕著な支援活動を行っている」と書かれている。普通、地域コミュニティのほうが学校を支えると考えるのが当然なのだが、地域コミュニティが疲弊しているこの地域では、学校こそが逆に地域コミュニティの脆弱性を補う機能を果たすというのは、「目から鱗」の感を抱かざるを得ない。
地域の子供の教育こそが地域社会の存立、将来発展にとって最重要課題であるという確固たる認識のなせる結果だと感服する。この話に接し、社会環境は異なりますが、同様の観念が日本にもあったことを思い出す。福沢諭吉は「京都学校の記」の中で、東京遷都に対抗するために当時の京都の町衆が、人材育成を自分たちでやろうと小学校を自分たちで作った記録が書かれているが、首都を喪失するという当時の京都人にとっての一大危機に際して教育を危機突破の基本戦略に据えた記録であり、疲弊したコミュニティを抱えるマンチェスターのこの地域の発想との間の思想的類似性を感じ取った。
さて、実は今回の訪問は非常によくオルガナイズされ、リズ・ニーソン副校長が全体の進行を取り仕切りながら、30分刻みの日程で、学校の様々な機能についてそれぞれの分野の責任者が入れ替わり立ち替わり説明していただけた。学校概要、特別コースの説明、財務内容、新築中の校舎案内、ハンディキャップを抱えている生徒指導、FSS、SEAL、職業教育といった具合だ。とにかく整然として体系的で、3時間の訪問時間はあっという間に経過した。学校運営の素晴らしさが、訪問者への対応の仕方から感じ取られる。どんなこともおろそかにしない、一期一会を大事にする発想だ。それはどんな子供も大事にする、というこの学校の理念につながっているように感じられた。
学校給食センターで作った食事を昼食で頂いたが、栄養バランスを考えたヘルシーメニューであった。生徒の中には家で朝食を取れない子供がいることにも配慮し、この学校では朝食を学校の食堂でも食べられるようにしている。これも学校による家庭機能の補完なのであろう。
この訪問では、「生徒議会」の 幹部の3名ともお話ができ、昼食を共にした。ソラ、トーマス、サムの3人が生徒議会のことをいろいろ話してくれた。生徒が議会を通じて学校の在り方に意見を提出し、学校の意思決定に参画していると胸を張っていた。我々の訪問を学校新聞に載せたいということもあり記念写真も撮った。
日本のことも多少のことは知っているようであったが、私から、2008年は日英の外交関係締結150周年の記念すべき年であること、JET事業というプログラムがあるので将来参加してみたらどうか、を申し上げ、手元にあった日本の風景のカレンダーと絵ハガキを手渡した。日本の中学校との(インターネットによる)交流を希望する旨の要望もあったので、Japan Societyの機能の一部に仲介機能があり、翻訳サービスもあるので活用してみたらどうかと資料を渡し水を向けた。彼らは、さっそく生徒議会で議論してみたいと言っていた。こうして思わぬ生徒との交流が実現した。
最後になるが、SEALの説明をしてくれたジョン・グレゴリー副校長が、「生徒同士の助言プログラム」(Peer Mentoring Programme)というものがあるということを教えてくれた。これは中学に入ってきたばかりの第7年時の生徒の中で課題を抱えている生徒と、最終年次の第11年時の生徒の中から生徒を選抜し必要なトレーニングを積ませた上で、この両者をペアーを組ませ10週間に亘り様々な課題の相談に乗るというものだ。ディズブリー小学校の「バディ スキーム」と似ている仕組みであるが、年の離れた子供同士の関係は、やはり重要なのだ。
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