「数字が語る民意の微妙さ」

 任期満了に伴う長野県知事選挙が8月8日投開票され、無所属新人の阿部守一氏が当選した。阿部氏と、ともに無所属新人の腰原愛正氏の差は僅か5,021票で戦後の県知事選では最も小差となる大接戦であった。投票率は52.70%で過去最低となった。

 有効投票数に占める得票率は、阿部氏39.85%、腰原氏39.30%であり、その差は、0.55ポイントと僅かであった。更に、新知事は有権者の何と2割に過ぎない者の支持を受けて知事に当選することになる。投票率に得票率を乗じると、52.70×39.85=21%という計算になる。つまり新知事は有権者の2割の支持により知事の職を得ることになる。一方で、敗れた腰原氏も有権者の20.7%の支持を得ていたことになる。その差は、有権者の数に対し、0.3%である。

 我々は、「民意を得る」ということの意味をこうした数字をしっかり意識して吟味していかなければならない。

 当落を報じる新聞紙上では、当選者が民意を得て自らの主張する政策を実行していく権利を得たような報道がなされているが、僅か0.3%という差異がこうした大仰な報道の裏にあることをしっかりと認識しなければならない。

 勝った側も、その勝ちぶりが真に勝利を得たと言える勝ち方なのか否かを真摯に受け止め、謙虚に新しい県政運営に当たらなければならない。

 ところで、誰を当選者と認めて行くか否かについて、民主主義の設計に関して様々な制度的選択肢がありうる。

 英国新政権が打ち出している政治改革の目玉の一つに選挙制度改革がある。2010年7月に英国政府が選挙制度改革法案の内容を発表した中に「補足投票制度導入」の導入という興味深い制度改革がある。

 「補足投票制度」は、小選挙区制の下で、投票の際に有権者が第2選好、第3選好・・・の候補についても投票し、第1選好の票数比較だけで50%の得票を誰も得られない場合に、最下位の候補の第2選好票をその他の候補に振り分けて比較するというものだ。これでも50%を確保する候補がいなければ、誰かが50%を確保するまで、第3選好票、第4選好票・・・と続くというものだ。

 英国においては、労働党と自民党は、基本的に左派政党なので、選好順位1位と2位の組み合わせになりやすく、この両党にとって補足投票制度導入は有利に働くものと見られている。一方で、保守党はこの制度改革は保守党にとって不利に働くことになると考えられているため、この見直しには基本的に反対であると伝えられている。

 仮に、この「補足投票制度」が只一人を選ぶ日本の選挙制度に取り入れられいるとしたら、第3位であった松本候補に投票した人の第2選好票を阿部、腰原の何れかに加えて、両者のいずれが50%を得られるか否かで当選者が決定するということになる。

 こうした複雑な制度が我が国の民主主義に受け入れられるか否か、或いは第1選好と第2選好の投票を同列に論じることが適切かどうか、といった議論がありうるが、民主主義の制度により民意を得て意思決定をしていく立場に立つものは、誰がその立場に立ちうるか否かは制度設計如何によって大きく変わってくるものであることを十分に認識し、自らの政策実行、権限行使に当たっては常に謙虚である必要がある。


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