「安曇野の古民家を福祉向けに再生」

〜内需充実の突破口にも〜

 長野県安曇野市三郷温の認知症対応型共同生活介護グループホームの「なでしこ」を訪問する機会があった。この施設を経営する社会福祉法人「七つの鐘」の関健理事長のご案内で訪問させて頂いた。

 この施設のユニークなところは、築200年の古民家を改修し、そのぬくもり、心地良さを最大限に残したホームである点である。何と、この施設は「登録有形文化財」の指定を受け、外観はそれまでの歴史的建造物の姿を維持し、内部を福祉施設として使い勝手の良いものに改装したものである。

 この改修を手掛けた信濃伝統建築研究所の一級建築士である和田勝代表取締役のお話を伺うと、この施設の外観の保全で1,500万円、内装改修で3,500万円、合計で5,000万円でグループホームとして機能する施設に仕上げることができたということであった。全く新しく同じ機能を有する施設を作るよりも大幅に安上がりであるという。

 古民家の外観保全は持ち主の負担、内装改修は公的補助を受けて社会福祉法人が行ったとのことであった。民家の持ち主は、古民家を壊すべきか保存すべきか迷っていたところ、社会福祉施設としてこの施設を再生できるとの和田氏の提案を、社会福祉法人の関理事長が受け止め、安曇野を代表する木造古民家を現代的な高齢者用の施設として再生させたのである。

 先祖から受け継いだ歴史的建造物をできれば保存したいとの持ち主の気持ちと、それを機能的に社会需要に合わせて再生させるという実需のマッチングを関係者の努力で実現したということである。

 実は、こうした古民家はこの安曇野をはじめとして長野県の中信地域には少なからず残っている。しかし、その現状としては、古民家には老夫婦が居住し、広い屋敷を持ちきれずに苦労している実態がある。子供たちは新しい小さな家に移り住み、放っておけば廃屋となる可能性すらある。これを何らかの形で再生し、若い家族が住んだり、機能的な用途に活用したりする取り組みが少しづつではあるが芽生えてきている。

 「なでしこ」のような取り組みもその一環である。「入所」している軽度の認知症の7人の方とお会いしたが、屋敷林に囲まれた歴史的建造物の中での木のぬくもり、高い天井、居室は独立しつつ、食堂や居間のスペースが共有されている居住環境の中で、ゆったりとした時間の流れを楽しんでおられるようにお見受けした。柿を干し柿にして干している人、お茶を入れてくれる人、会話をしてくれる人、と、認知症を患いながらもそれぞれに残された機能をできるだけ使って訪れたお客をもてなそうとしている入所者の人たちのひたむきさが伝わってくるような気がする。

 人生の最後の時期を、それこそ歴史的建造物の中で誇りをもって過ごせるということの意味を感じるとともに、古民家をこのような形で再生すること自体の意義も強く感じる。

 新しい建物を建てるばかりではなく、古いものを外観を生かしつつ機能的に活用するということで、この地域の歴史的文化的価値を後世に伝えることができる。また、古民家を壊すことが無いため、資源の再利用という意味で環境にも優しい手法である。そうして、こうした古民家を数多く保存再利用していくことで、安曇野の風情は自ずから維持され、そのことで安曇野の景観、観光的価値も高まる。和田勝氏によると、木造建築物は、コンクリート建築物と異なり、解体して移動が可能である点、優れているとのことである。

 古民家を福祉施設などとして再利用する試みは、福祉充実、歴史・文化の発掘・再生、環境保全、景観保全、観光資源といった様々な局面で大いなる可能性をもつプロジェクトである。こういった取り組みをより体系的に行えば、古いものを大事にしつつ新しい時代の要請に対応する新たな内需充実の突破口にもなり得ると思えてくる。私も、こうした取り組みを制度化、体系化する政策を訴えていきたい。

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