「新刊本『3・11以後の日本の危機管理を問う』の紹介」

〜危機管理の標準化の薦め〜

 この度、東日本大震災に対する災害対応の教訓を受け、『3・11以後の日本の危機管理を問う』という本を出版しました。これからの日本の危機管理を考える上で、参考になるものと考え、以下その概要を御紹介します。

 3年前の東日本大震災は我が国に大きな歴史的な傷跡と教訓を残しました。私は2004年に米国人のレオ・ボスナー氏とともに『高めよ!防災力』という本を出版し、その中で日米の防災体制を比較し、日本の防災体制に不足する部分を探り、提言しました。その本は7年後の2011年に改訂されましたが、奇しくも、その改訂作業の最中に東日本大震災が発災しました。

 2004年時点に『高めよ!防災力』の中で提言した諸施策の多くは、現時点でも遅々として進んでいないように思われます。財政難の中での歳出カットの動き、そして2009年の政権交代による政治の混乱の中で、政府部内において防災体制の強化に向けた体系だった議論が行われていないことが原因の一つのようにも思われます。更に当時の民主党政権は、事業仕訳で防災関連事業・予算を厳しくカットしました。皮肉なことにその最中の東日本大震災発災となりました。

 前書の執筆後、米国でも我が国でも様々な変化が起きています。米国ではブッシュ政権がオバマ政権に交代し、我が国では近い将来予想される南海トラフの周辺に起きるとされる巨大地震により東日本大震災をも上回る巨大災害についての関心が高まっています。首都直下地震もそれが急迫しているとの見方が強まっています。

 我が国では、如何に国土を強靭化し、来るべき大災害を迎え撃つかの日本民族の知恵が試されています。その中で私は米国危機管理庁OBのボスナー氏とともに、東日本大震災後の日本の災害対応などについて議論を重ねてきました。ボスナー氏は2012年初頭に日本学術振興会の短期招聘事業で日本に滞在し、米国の危機管理理論から見た日本の防災体制の課題と改善方策を見極めました。真実には大きな変化が無いのか、皮肉にもその指摘の根幹は、2004年時点の前書での指摘と基本的考え方において相違がないと思われます。

 しかし、ボスナー氏は東日本大震災という未曾有の大災害被害に対峙し、新たな事実と新たな知見を踏まえ、日本への防災体制整備に向けてのレポートと提言を行って頂きました。

 一方で、ボスナー氏は、米国における危機管理体制の今日的な課題についても自省しておられます。民主党と共和党の政権交代の都度大きく揺れ動く米国危機管理体制について、FEMA(連邦危機管理庁)に焦点を当て、その成功と挫折の歴史を生々しく描いてくれています。

 米国の制度とその運用の実態を紐解くと、そこに学ぶべき点、逆に米国を他山の石とすべき点など様々なヒントが浮かび上がってきます。

 一方で、ボスナー氏が提言の中で頻繁に言及している米国の危機管理システム(ICS)について、米国で危機管理論を学んだ元海上保安庁の職員で災害対応訓練所の幹部でもある小池貞利氏は、本書の中で詳しくその内容を紹介しています。体系だった危機管理の標準化システムであるICSを分かりやすく解説してもらうことは、今後の日本の防災体制強化に向けて非常に有意義であると考えています。

 ボスナー氏の日本への提言と小池氏の提言は災害対応の標準化の必要性を説くという点で完全に一致しています。マクロ的なボスナー氏の指摘を小池氏の標準化システムの紹介論考が受ける形となっています。

 さて、私は、2012年8月、災害対応訓練所理事長で米国陸軍座間キャンプの米軍消防次長の熊丸由布次氏のご案内で、米国テキサス州のTEEXとグッドフェロー空軍基地を訪問しました。そしてその訓練所における体系だった危機管理標準化システムの教育訓練体制の充実に驚きました。

 個々のシステムの精度が高い我が国の弱点の一つは、そのシステムを標準化し、多くの人々に馴染み易いものとする点であることにあるのではないか、と感じました。そして、そのシステムを体系だった教育訓練の中でしっかりと多くの防災危機管理関係者に徹底するその仕組みにも目を見張りました。この点こそ日本に欠けている点ではないか、と再認識しました。

 その熊丸氏には、本書の中で、米国の全国レベルの危機管理訓練所におけるICSをはじめとする教育訓練の最先端の実態についてご紹介いただいています。

 ところで、私が属するクライシスマネジメント協議会という民間組織がありますが、協議会主催で、ボスナー氏の基調講演をベースに、防災・危機管理に加え、官邸中枢におられた当事者、行政学者、マスコミ関係者など様々な分野の専門家を交えたパネル・ディスカッションを実施しました。そこでは、多様な視点から、東日本大震災の政府と自治体の対応の問題点と、何を改善していったらよいかとの強いメッセージが発せられました。本書ではその討論の模様も掲載しています。

 本書の執筆者・討論者は全員、東日本大震災という巨大災害の中で浮かび上がった多くの災害対応の不備の中から浮かび上がるのは、災害対応の基本となるシステムの標準化を多くの人に理解してもらい、来るべき大災害に様々な段階で、多くの人が備える体制を整えるということではないか、という問題意識を共有しています。そして恐らくそのためにはそれを支える組織体制も必要なのです。

 本書の提言は、もとより、東日本大震災に端を発した日本の危機管理システム強化に向けたアプローチの一つでしかありません。しかしこうしたアプローチが積み重なることで真の意味の国土強靭化が図られるものと信じてやみません。

 なお、参考までに本書の章建を以下に示します。

第1章 東日本大震災に見る政治の危機対応と組織の在り方
第2章 3・11を経た日本の災害対策の在り方―米国危機管理専門家の検証と提言
第3章 米国における非常事態の災害対応システムとその日本への導入
第4章 米国の危機管理を支える原点―システムの標準化により緊急事態に対処
第5章 米国における最新防災危機管理研修システムの実際―TEEXと軍のICS教育
第6章 同時多発テロ事件以降の米国の危機管理の状況と課題
第7章 FEMAと災害:その栄光と挫折―FEMA内部の視点から
第8章 東日本大震災の教訓を経た日本の危機管理の在り方(シンポジウム)―米国FEMAの経験を踏まえて

<本書のネット上の紹介サイト>
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4771024200.html


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