「お祭りは“防災訓練”だ」

〜千鹿頭神社御柱に見る地域の絆の継承〜

 連休中の5月3日、松本市千鹿頭神社の御柱祭に参加した。7年に1度の御柱は諏訪大社だけのお祭りではない。松本市の神田町会と林町会の2町会が、江戸時代に松本藩と諏訪藩に泣き分かれた系譜をひく神社の2系統の御柱祭を共同で支える。

 町会長さんと話をしていて、「少し前までの御柱は、曳き手のなり手が少なくなり、御柱を神社に上げるのに動力と使わざるを得ない時期もあったが、今回は『曳く手数多』で嬉しいことだ」、との言葉を伺った。

 確かに、老若男女の多くの皆様がそれぞれに楽しみながらも真剣にこの祭りに参加している。この祭りの為に親戚家族が集まる。一族の絆を再確認するのに御柱という祭りが役に立っている。

 御柱などのお祭りを見ていて思うことは、これは巧みに仕組まれた「防災訓練」ではないかということだ。役割分担を明確に設定し、地域の皆さまの力を体系的に結集する仕組みであること。地域アイデンティティーを形成するものであること。楽しんで参加できること。一定の技能を継承すること。祭り参加者を支える周囲の力も大事であること。これらの観点を見ても、災害時に想定される避難誘導、土嚢積み、炊き出し、避難所運営、役割分担の設定などの組織運営と変わらない。

 多くの場合、地域の自主防災組織の役割分担は、町内会単位のお祭り時の役割分担と重なる。我々は、お祭りという楽しみながら参加する行事を通じて、協働して地域を守る訓練をしていることになっているのではないか。

 日本は高度成長の中で、こうしたお祭りの持つ深遠な意味を忘れてしまった。それが地域の絆を弱めるだけではなく、防災面での地域の脆弱性を大きくしてしまった。しかし、経済の繁栄だけでは社会が運営できないものであることが、大災害という現実の中で再認識されている。

 東日本大震災に臨んでの避難所運営、炊き出しの光景とお祭りの光景が重なって見えるのは私だけではあるまい。

 千鹿頭神社の神田地区側の御柱の曳き手に松本蟻ヶ崎高校書道部の女子の皆さんの姿があった。聞けば、神社の麓の公園で書道パーフォーマンスをこなしてきたとのこと。書いた文字は「絆」。お祭りと防災訓練に共通する理念を言い当てる文字である。

 こうしたお祭りが世代を超えて継承されて行きさえすれば、万が一この地域に大きな災害があっても地域は立派に乗り越えて行けるものと確信した。


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