「「大阪都」構想と民主主義の危機」

 大阪府の橋下知事が大阪府と大阪市を合体し、東京都と同じ「都」を大阪にも実現しようという政治的運動を始めている。愛知県と名古屋市にもその動きが飛び火している。一見行革にもつながり面白そうな構想であるが、果たして「大阪都」構想はどのような評価が可能なものなのか。

 突っ込んだ評価は制度の具体案がつまびらかではないので時期尚早ではあるが、直観的なイメージで言うと、「筋は良くない」ように思われる。

 先ず、これは、発想が大阪府側からの視点であることである。府下にある大阪市においては大阪府の存在感が少ない。しかも今の大阪市長と府知事はことある毎に対立している。眼の上のたんこぶを取り除きたいという発想があるのではないかと、直観的に疑う。

 地方自治の制度に関しては世界中に様々な実験的な仕組みがある。「都」に似た仕組みに「特別市」という仕組みがある。ソウルやベルリン、ハンブルクがそうであるが、特別市の中においては、その上部団体の「道」(韓国)や州(ドイツ)の権限が全て特別市に委ねられるという仕組みである。

 大阪に当てはめれば、大阪市域においては、現在の府が持つ役割は全て大阪市に委ね、その市域からは府議会議員も選出されず、市議会議員だけが大阪市域の民意を代表するというものである。つまり、この制度の下では、大阪市域においては、大阪市のことに橋下知事は「口をはさめない」ことになる。

 大阪府知事は、自らの立場を強化する地方自治の一元化の制度を提案したつもりであろうが、世界の実例をひも解くと、橋下知事の意向とは正反対の結果になる可能性が高い。

 更に、英国には、ユニタリー自治体という仕組みがある。ある市が住民投票によって、その市域を管轄する「県」の機能を併せ持つという仕組みである。更に、大都市地域においては県と市が一体となった一層制の地方自治組織が存在するが、これも大都市地域の「市」の機能を強化した仕組みである。

 因みに、ロンドンには、GLAというロンドンを一くくりに包含する広域自治体が存在する。人によっては,GLAを「ロンドン都」と邦訳する向きもある。しかし、英国の首都戦略を担うGLAの実態は、戦略・企画を専門とする調整機関であり、職員数も650名と非常に少ない。極めて特異な自治体ということが言えよう。

 以上、世界の実例は、「府」や「県」が中心ではなく、基礎的自治体である「市」を中心として機能強化を図ってきている実態が多いのである。

 弁護士出身の橋下知事が、どの程度地方自治組織論に精通しているか分からないが、世界の地方自治制度を鳥瞰して見るとき、政治的思惑に基づく運動論として声高に「大阪都」制度を唱えることは、いささか筋悪の提案に思えて仕方がない。

 それにしても、橋下人気のためか、世論調査をすると「大阪都」構想を支持する世論が比較的高いようだ。しかしながら問題は、有権者の皆様が世論調査の際に、どのくらい事前に仕組みの勉強をして調査に答えているのかである。

 過日私が勤務する大学で、「後期高齢者医療制度」の経緯と実態を他の医療制度との比較で詳しく分析・解説を行った。当初、この制度に批判的な学生が大多数であったが、90分の勉強の後に「目の鱗が落ちた」学生の評価は、完全に逆転した。

 民主主義も、しっかりとした学習に基づく知識がないと、スローガンに流される衆愚政治に陥りかねない。人々は、「何が語られているか」ではなく、「誰が語っているか」でものごとを判断しがちである。タレントによる商品のコマーシャルでその売れ行きが変わってくるのと同様の感がある。政党政治が機能不全に陥っている中で、今我が国は、ひたひたと危うい局面に差し掛かりつつあるように思えて仕方がない。戦前の歴史が繰り返されることのないように今が踏ん張りどころである。


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