「堂々巡りの医療保険制度改革」

 後期高齢者医療制度改革の議論が行われている。75歳以上の高齢者を市町村国保や被用者保険制度とは別個の医療保険として位置付けている後期高齢者医療制度は、高齢者差別であるとして批判がなされ、それを「見直す」との政府方針の下に、75歳以上の高齢者を市町村国保と被用者保険に「戻す」ことにするようである。

 「戻す」ことにより、何がどう良くなるのか、そのメリットデメリットが私にはよく分からない。現在は、市町村国保や被用者保険制度の若年層の負担が増すなどの試算が行われている。

 そもそも、何のために後期高齢者医療保険制が誕生したのかという議論が等閑視されているために、今回の制度改革の理念が分かりにくいものとなっている。

 私は、後期高齢者医療保険制度を導入する際に、地方財政の立場からこの制度立案にかかわった。保険単位を都道府県単位とするのがふさわしいということで、当時広域市町村圏単位を主張していた厚生労働省との調整作業を行った。結果的に都道府県単位の広域連合でこの保険を運営することになったが、その際の最大の関心事の一つは、市町村国保の財政負担をこれ以上悪化させてはならないということであった。

 市町村国保は、加入者の高齢化、低所得者の増加、保険料収納率の低下、医療費と保険料の地域格差の拡大などにより、制度存続の危機の瀕していたと言っても過言ではない。市町村にとっては、国保運営は常に悩みの種となってきた。

 国保の被保険者がどのような人々で占められているかを見れば国保の課題は明らかである。地域社会で自営業者が減少する中、定年を迎え体力の弱った高齢者が被用者保険から国保に移ってくる。人口の高齢化でそれが加速される。一方で、若者で国保加入者は、無職、フリーターといった被用者保険に入れない人が中心である。国保は社会的弱者の受皿となっている。

 高齢者を国保、被用者保険制度の中で被保険者として抱え、高齢者の医療を各保険制度が公費に加え拠出金で賄う仕組み(旧老人保健制度)を改め、高齢者を各保険制度から切り離して後期高齢者医療制度の被保険者として一律に一つの保険制度に組み込んだことは、働く世代と高齢者の分担ルールを明確にし、財政責任を明確化していく上で、一つの合理的考え方であった。そして、国保に後期高齢者の医療保険給付責任を委ねてはならないという強い意思表示でもあった。

 平成20年度のデータでは、後期高齢者の一人当たりの医療費は86万円を超えている。それに対する保険料は年間で6.5万円である。医療費をサービスととらえると保険料負担に見合うサービス以上のサービスを受けていることになる。国保で言えば、この数字が医療費28万円に対し保険料は8.3万円。一方、被用者保険で見ると一人当たり医療費が13.6万円に対し、保険料負担は19.3万円である。被用者保険に入って働く世代は、自らが受ける医療サービス以上の保険料負担を行い、その出超分は、実は後期高齢者医療保険制度などへの支援金として使われているのである。

 被用者保険制度、つまり働く世代から高齢者世代に対して膨大な財政支援がなされてはじめて成り立つ後期高齢者医療保険であったのだ。

 本来ならば、高齢者の皆さんからは、若年層からの後期高齢者への財政支援に対し評価が与えられるべきであったと思われるが、結果は逆に、高齢者の保険料負担が「過重」である、年金からの天引きはおかしい、などの不満が噴出した。財政支援を行っている若年層は、制度が複雑であることからこの制度が見直され高齢者の負担が軽減される場合にはその分若年層の負担が重くなることに気がつかないままに成り行きを見守っているという状態であった。

 ここにきて、後期高齢者医療制度の見直しが行われ、後期高齢者をサラリーマン高齢者は被用者保険に、それ以外の高齢者は市町村国保に戻る方針が示されたということである。

 果たしてこれで、市町村国保が持つのか。高齢者が市町村国保に戻って保険料負担や医療費の自己負担が増えないとなると、その分は、若者層の負担増となってくる。経費負担のゼロサムゲームには打ち出の小槌はない。

 老人医療費については出来高払い制度を見直し医療費増高対策を行う、健康づくり・体力づくりなどの推進を図るといった骨太な改革を行いつつ、高齢世代と若い世代との間の適切な負担分任を如何に実現していくのかが問われる。

 高齢者をどこの保険制度に押し込むかといった発想ばかりでは、後期高齢者医療制度の背景にある根本問題は決して解決しない。


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