自由民主党

衆議院議員 むたい俊介オフィシャルサイト 長野2区 自民党
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理念・政策・メッセージ

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2010.12.27

「江戸時代に学ぶ地域再生の知恵」

〜日本にもあった連邦制の下の営み〜


 2010年は「桜田門外ノ変」150周年である。尊王攘夷を掲げた運動が当時の大老、現在で言えば内閣総理大臣が白昼堂々暗殺された。当時の徳川幕府の警備体制の不備が咎められるべきではあるが、結果的にそれが徳川の権威の失墜を物語る一大事件となった。


 「桜田門外ノ変」以降、幕藩体制は衰退の足音を早め、その後数年で江戸幕府は亡びた。明治維新によって江戸時代は終りを告げ、中央集権を強めた新しい日本作りが始まって今日に至っているが、面白いことに今また、時代の趨勢は地方分権の方向に戻ってきている。


 その「桜田門外ノ変」の浪士が所属した水戸藩藩主の直系子孫の徳川斉正氏に、過日松本までお越しいただき、今日的な観点で江戸時代を振り返り、江戸時代に学ぶ地域再生の知恵についてお話を賜った。信州大学で歴史学を教える笹本正治教授との対談の形で講演を立体的に進めた。


 基本的に鎖国の江戸時代は3,000万の人口が安定していた。国内で自己完結する環境的にゼロ・エミッションの世界。見事なまでのリサイクルを実現していた江戸時代の経済社会の営みは、人口減少社会に突入した現代のわが国にも大いに参考になり得るものがあると思われる、というのが対談企画の趣旨であった。


 徳川氏は、現代の世の中から電気、ガス、石油を除くと、江戸時代の生活と基本は変わることはないと指摘しておられる。江戸時代の人も手軽に全国を旅行したし、そのために宅急便(飛脚)を利用したし、お伊勢参りをはじめとした女同士の旅行もあったくらいであるから治安も保たれていた、とのお話があった。


 また、水戸藩においては、薬学に長じておられた光圀公が江戸時代版「家庭の医学」であった「救民妙薬」を発行し、この本にある症状に合致した人は、同じく光圀公が藩内に設置した「薬局」で薬を処方されたとのことであった。水戸藩では特に農民の健康を気遣い、農民にはこの薬の処方をタダで行ったという話を伺った。つまり水戸藩では健康保険制度まで用意したのである。


 化石燃料を有していない時代ならではの江戸時代の生活の基本パターンは、今日とそうは変わらないとも言い得るというのが徳川氏の見立てである。


 江戸期の人口3,000万人を支える全国の石高は3,000万石。当時の国民は一人一年に一石で生きていた勘定になる。そして各藩とも領地が増えない中での地域振興を図るために、新田開発、特産物開発をはじめとした地域振興にしのぎを削った。それぞれの地域ごとに特色ある産業文化が花開いた。


 江戸幕府は、今日的な用語を使えば、連邦国家ではなかったかと司会の私が水を向けると、徳川氏も笹本教授も大いに頷いた。徳川氏は、「江戸時代、幕府にはいわゆる国税はなかった。各藩それぞれの地方税を徴収し、幕府自身も800万石と言われた自身の領地からの地方税を徴収していたにすぎない。例外は富士山が噴火した際に各藩に課した課金が唯一の国税と言えるものであったかもしれない」と指摘し、笹本教授は、「各藩の江戸藩邸はいわば大使館で江戸幕府も手出しできない治外法権を認められていた」、「全国から江戸に店を出した商人も江戸での儲けをそれぞれの地元に還流する仕組みを持っていた」との解説を行った。各藩とも、江戸の活力を地元の振興のために利用していたとも言えるのである。


 江戸時代は、参勤交代や様々な法度により幕府の統制が厳しかったように感じられるが、幕府に対する各藩の忠誠心を繋ぎとめる仕組みを除くと、実際は、制度的、経済的には今日で言う地方分権が徹底していた時代であったのである。


 徳川氏は、水戸藩は斉昭公の時代に弘道館と偕楽園をセットで作ったとの話もされた。当時、総合大学の機能を有していた弘道館には、身分を超越し有為な人材を広く受け入れた。百姓は授業料を免除し、公教育を行った。勉学に疲れた学生の気持を休めるために偕楽園も造営した。もちろん領民はタダであった。水戸藩は、地域を支える人材育成に金を惜しまなかったのである。


 この話に笹本教授も反応した。今日の日本は教育に多大な個人負担を求める国になってしまった、と。歴史に学ぶべき点は、江戸時代に国や地域を支える有為な人材育成に対し、当時の政権は公費を投入したということである。


 そう言えば、「米百俵」という言葉が江戸時代にはあった。ひもじい思いをしても教育のために皆で資金を集める発想である。現代は、長期的視点なきばら撒きの施策が目立つ。江戸期の先人の思想や矜持に現代社会が学ぶべき点は多々あるように思われる。これからの日本は、人口が減少していく時代を迎え、環境にやさしく、地方分権が徹底していた江戸時代の営みは、まさに温故知新の手本である。


*徳川氏笹本氏対談の様子
http://www.mutai-shunsuke.jp/activity/index.html#101207


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